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血管障害

血管障害

血管障害は、脳卒中、脳血管疾患という言い方をすることもありますが、日本人の3大死因の一つです。厚生労働省の資料を見ると,グラフに示したように1970年代後半までは、第1位の死亡原因でしたが、1990年代以降はほぼ横ばいとなり、現在は第3位の死亡原因です。

しかし、脳血管障害が恐ろしいのは死亡するからだけではありません。わが国には、いまや、500万人にも及ぼうとする介護を必要とする人たちが存在しますが、その原因の約4分の1は脳血管障害です。

つまり脳血管障害になると、命を失う恐れがあるだけではなく、助かっても半身麻痺になったり、言葉が喋れなくなったりなどの大きな障害を残す可能性があります。

脳動脈瘤

脳動脈瘤とは

脳を栄養している頭の中の血管にできる風船のような血管の膨らみを脳動脈瘤と言います。このような瘤の出来る理由は明らかとはなっていませんが、高血圧など血管壁へのストレスや喫煙、遺伝などによる動脈壁の脆弱性に関連すると考えられています。近年脳ドックなどの普及によって無症状でありながら発見される方が増えております。(100人に2-6人といわれます。)無症状で発見される瘤の多くは10mm未満の大きさですが、中には未破裂動脈瘤が大きくなって周囲の脳や脳神経を圧迫することで症状が出る場合もあります。

未破裂動脈瘤を放置しておくとどうなるの?

未破裂脳動脈瘤は、多くの場合破裂しない限り無症状です。最大の心配は破裂するかどうかですが、これまでの過去の国内・国外の報告から5-10mmの動脈瘤で年間破裂率はおおよそ0.5%から1.7%程度であると言われています。5mm未満の動脈瘤の年間破裂率は約0.5%程度であり比較的低い事も報告されていますが、年齢が50歳以下であったり、瘤が複数あったり、高血圧に罹患されていると注意が必要で、これらは増大したり破裂する因子と言われております。破裂した場合にはくも膜下出血を発症され、その場合約半数の方が頓死されるか、治療を行っても死亡されるか寝たきり状態となる事が知られており、残り半数の方が社会復帰されるか軽度の後遺症のみで日常生活が送れる方となります。このように破裂した場合は重篤となる可能性があります。

破裂の前の予防的治療

未破裂脳動脈瘤に対する治療として、現在二つの治療法があります。一つは開頭して動脈瘤の頸部に金属製のクリップをかける方法と(開頭クリッピング術)、もう一つは足の付け根の血管からカテーテルをという細い長い管を血管内に入れて先端を動脈瘤の中まで誘導し、動脈瘤の中にコイルを詰めるという治療があります(血管内コイル塞栓術)。

これらは動脈瘤の出来た場所や大きさ、また動脈瘤の形状でどちらの治療が好ましいかが変わってくるため一概にどちらが安全であるとかは言えません。しかし通常の大きさの動脈瘤であれば、適切な治療方針を選択することで結果として低い合併症率で治療が出来ておりますので、お悩みのかたは是非一度脳神経外科外来を受診して頂ければと思います。担当医よりそれぞれの治療法の利点、欠点などお話させて頂き、患者さんと充分相談させて頂いた上で治療方針を決定しています。

60代男性

60代女性

70代女性

70代女性:コイル塞栓術症例

治療を選択されなかった場合

そして結果として予防的治療を選択されなかった場合、通常少なくとも1年に1回、場合によって半年ごとに外来にてMRI検査を行い慎重に経過観察をさせて頂きます。経過中無症状ながらに動脈瘤が増大したり、形状変化を来した場合、またそれによって周囲の神経や脳組織を圧迫して症状が出たりした場合は迅速な治療が必要と言われております。

大型、巨大脳動脈瘤、再発脳動脈瘤について

動脈瘤は大きくなればなるほど年間破裂率は上がると言われております。最近日本で発表されたデータでは、10-24mmの動脈瘤の年間破裂率が4.37%(単純計算で10年で43%), >25mm以上の動脈瘤になりますと年間破裂率が33.4%となります。しかしながら大型の動脈瘤は上に述べたような通常のクリッピングやコイル塞栓術が困難である場合が多く、一般的に治療困難とされています。またクリッピング後やコイル塞栓術後の再発動脈瘤も通常の治療が困難な場合があり、これらの動脈瘤には時には脳血管のバイパス手術を適宜併用しながら安全に行なっております。

当院ではこのような動脈瘤に対しても、放置しておいた場合の破裂の危険を考慮し、より積極的な治療が好ましいと考えており、患者さんと充分に相談させて頂いた上でご希望に応じて治療させていただております。是非一度脳神経外科外来に相談に来て頂ければと思います。

70歳代女性:クリピング後の再発症例でご紹介

最近の知見から:脳動脈瘤のCFD (computational fluid dynamics) 解析の臨床応用

近年、脳動脈瘤や周囲の血流を、コンピユーターシミュレーション技術により解析できるようになりました。我々はこれまでの研究の成果から、本技術を用いることで動脈瘤壁の性状(薄さ、分厚さ)を予測しうることを発見し報告してきました。現在、臨床応用として、まだまだ参考所見ではありますが、術前に璧の性状を予測して治療を選択できるようになってきました。こちらも詳細については担当医からご説明させて頂きます。

未破裂動脈瘤についてお悩みの際には、ぜひ一度ご相談頂ければと思います。脳動脈瘤の精密検査としてこれまでにも行なってきたCTの造影検査を受けて頂くだけで、解析結果をあわせてご説明させていただきます。

検査は日帰り検査で、検査時間は約10分、肘の血管から造影剤をお注射させて頂くのみで終ります。未破裂動脈瘤について、少し不安をとりのぞかせていただけるよう、丁寧にご説明させていただきます。

CFD解析代表例1

CFD解析代表例2

【問い合わせ窓口】
神戸大学医学部附属病院脳神経外科 助教:木村英仁
(連絡先:078-382-5966)
参考文献
  • 脳ドックのガイドライン2008
  • 日本未破裂脳動脈瘤悉皆調査の公開ホームページ(UCAS Japan)
  • 日本脳神経外科学会ホームページ
  • The UCAS Japan Investigators: The Natural Course of Unruptured Cerebral Aneurysms in a Japanese Cohort. N Engl J Med 2012: 366: 2474 -82
  • Sonobe M, Yamazaki T, Yonekura M, Kikuchi H: Small unruptured intracranial aneurysm verification study: SUAVe study, Japan. Stroke 41:1969-1977, 2010.
  • Wermer MJ, van der Schaaf IC, Algra A, Rinkel GJ. Risk of rupture of unruptured intracranial aneurysms in relation to patient and aneurysm characteristics:an updated meta-analysis. Stroke 2007;38:1404-1410
  • Wiebers DO, Whisnant JP, Huston J 3rd, Meissner I, Brown RD Jr, Piepgras DG, et al. Unruptured intracranial aneurysms:natural history, clinical outcome, and risks of surgical and endovascular treatment. Lancet 2003;362:103-110
  • Kimura H, Taniguchi M, Hayashi K, Fujimoto Y, Fujita Y, Sasayama T,Tomiyama A, Kohmura E.Clear Detection of Thin-Walled Regions in Unruptured Cerebral Aneurysms by Using Computational Fluid Dynamics World Neurosurg. 2019 Jan;121:e287-e295.
  • Kimura H, Hayashi K, Taniguchi M, Hosoda K, Fujita A, Seta T,Tomiyama A, Kohmura E, M.D. Detection of Hemodynamic Characteristics Before Growth in Growing Cerebral Aneurysms by Analyzing Time-of-Flight Magnetic Resonance Angiography Images Alone - Preliminary results - World Neurosurg.2019 Feb;122:e1439-e1448

脳梗塞

脳血管障害は大きく分けて出血性脳血管障害と閉塞性脳血管障害に分類されます。前者はさらに脳内出血とクモ膜下出血に分けられ、後者の主なものは脳梗塞です。この中で圧倒的に多いのが脳梗塞です。厚生労働省の資料によれば(下図)、1970年代後半までは脳内出血による死亡が多かったのですが、それ以降は脳梗塞による死亡が6ー7割を占める状況が続き現在に至っています。

  • 脳梗塞
  • 脳梗塞

また、下図は死亡原因ですが、脳梗塞は脳内出血やクモ膜下出血よりも生存率は高いので、発症数で言えばさらに多数を占めると考えられます。脳卒中急性期患者データベースによれば、脳梗塞は脳卒中の約3/4を占めています。なお、24時間以内(大部分は数分以内)に症状が消える場合は一過性脳虚血発作と言います。これは「もうすぐ脳梗塞になるぞ」という警告症状とも考えられこの時期に適切な治療を行なうことが重要です。

脳梗塞の外科的治療

脳梗塞の外科的治療

脳梗塞はアテローム血栓性梗塞、心原性脳塞栓、ラクナ梗塞の3つに分類されます。このうち脳神経外科が手術を行うのは、もっぱらアテローム血栓性梗塞です。
その代表的なものに内頚動脈狭窄症があります。

内頚動脈狭窄症

内頚動脈狭窄症

最も多い原因は動脈硬化症で80-90%を占めます。当然年を取るとともに進行し、50,60,70歳台に頻度が多くなります。好発部位は内頚動脈分岐部より20 mm以内です。動脈硬化によりアテローム斑が生じ、狭窄をおこし、同時にそこに潰瘍が形成されます。下図は典型的な内頚動脈狭窄症の血管撮影所見です。

更に潰瘍部には血栓ができ血管腔は閉塞されてきます。この過程で潰瘍部にできた血栓が遊離し、脳の主要な動脈を閉塞してしまいます(これを塞栓と言います)。閉塞すればその血管が栄養している脳の領域に血液が供給されなくなり死んでしまいます。これが脳梗塞です。

また、狭窄部の肥厚した血管壁の一部がはがれてそれが塞栓源となることもあります。上記のような脳塞栓とは異なったタイプの脳梗塞もあります。内頚動脈の高度の狭窄により内頚動脈の中を流れる血液量が少なくなり、その結果、脳梗塞になることもあります。これを血行動力学的な脳梗塞と言います。なお、高血圧症や糖尿病性血管症が加われば、病変は増悪進行します。

内頚動脈狭窄症の症状

脳梗塞を起こして半身麻痺、言語障害、嚥下傷害、失語と言った障害がでます。ひどい場合は意識障害も伴い、寝たきりや植物状態になったり死亡することもあります。

内頚動脈狭窄症に対する手術法(頚動脈内膜剥離術)

目的

内頚動脈の狭窄部位をきれいにすることにより、塞栓源を除去するとともに内頚動脈の血流量を増加させ血行力学的な異常を矯正できます。これによって将来の脳梗塞を予防することが目的です。

内頚動脈狭窄症に対する薬物療法と手術療法の比較

代表的な臨床試験の結果を紹介します。これらの試験により頚動脈内膜剥離術は、医学の歴史上でもっともよくその有効性が証明された手術法であるといっても過言ではありません。

症候性内頚動脈狭窄症(症状のある場合)-2年間の観察
脳虚血症状を有する70%以上の内頚動脈狭窄症の場合
  薬物療法 手術 相対危険率減少
同側脳梗塞発生率 26% 9% 65%
症候性内頚動脈狭窄症(症状のある場合)-5年間の観察
脳虚血症状を有する50-69%の内頚動脈狭窄症の場合
  薬物療法 手術 相対危険率減少
同側脳梗塞発生率 22.2% 15.7% 29%
無症候性内頚動脈狭窄症(症状の無い場合)-5年間の観察
脳虚血症状の無い60%以上の内頚動脈狭窄症の場合
  薬物療法 手術 相対危険率減少
同側脳梗塞発生率 11% 5.1% 53%
手術方法

手術台に仰向きに寝た状態で全身麻酔をかけ、そのままの体位で手術を行ないます。この際,脳波(通常の脳波と体性感覚誘発電位)や脳の中の酸素飽和度を測定するモニターを取り付けます。

  • (1)頚動脈にそって約10 cmの若干弧状の皮膚切開を加えます。
  • (2)皮下、筋肉、結合組織を剥離し、総頚動脈、内頚動脈、外頚動脈を露出します。手術用顕微鏡を用いて細かい部分の剥離を行います。
    手術方法
  • (3)まず特殊な道具(小さな洗濯ばさみのようなもの)で内頚動脈を遮断し、1分間待って脳波(体性感覚誘発電位)に変化がないかどうかを見ます。
  • (4)1分間待っても脳波(体性感覚誘発電位)に変化がなければ、内頚動脈に加えて、総頚動脈と外頚動脈も遮断して、そのまま手術を続行し,狭窄部位を越えて上下1cmの範囲までにわたる縦切開を総頚動脈から内頚動脈に加えます。
    手術方法
  • (5)もし1分後に脳波(体性感覚誘発電位)が低下してくるようなら、内頚動脈に加えて、総頚動脈と外頚動脈も一時的に遮断(5~10分間)し、狭窄部位を越えて上下1cmの範囲までにわたる縦切開を総頚動脈から内頚動脈に加えます。
  • (6)特殊なチューブ(シャントチューブ)を上記の切開部位より、内頚動脈の脳側と総頚動脈の心臓側に挿入し、このチューブを通して脳への血流を再開します。手術の間,常に脳への血流が保たれるわけです。このチューブには電磁血流計を接続してあり,内頚動脈の血流量を測定しながら以下の操作を行います。(脳波に変化がなければチューブは挿入せずに血流を遮断したまま手術を行います)
  • (7) 手術用顕微鏡を使って拡大して観察しながら狭窄部位の肥厚した血管内膜や動脈硬化性粥腫を除去します。
  • (8)手術用顕微鏡で観察しながら、細い糸(ゴアテックス)で内頚動脈の切開部位を縫合していきます。シャントチューブを使用している場合は,抜けるだけの隙間を残して縫合を一旦やめます。
  • (9)シャントチューブを抜くと同時に再び小さな洗濯ばさみで各血管の血流を遮断し(5~10分間)、内部をよく洗浄した後、残りの隙間を縫合します。
    手術方法
  • (10)止血を充分に確認し筋肉や皮下組織を縫合し、傷をできるだけ目立たなくするために、皮膚は縫合せずに特殊なテープで合わせるように留めて手術を終了します。
本手術の実績

現在の治療チームは、1994年9月から2008年12月31日までに201例の本手術を施行してきました(下図)。その成績は以下のとおりです。

本手術の実績
成功:197例(98%) 手術法の改善(新しいシャントチューブの開発、術中脳波の持続測定など)により、98%の成功率となっております。
合併症:3例(1.5%) 軽度の半身麻痺が出現した方が2人(1.0%)、重度の半身麻痺が出現した方が1人(0.5%)です。幸いなことに,3人とも歩いて外来に通院できるまでに回復されました。
死亡:1例(0.5%) 残念ながら、初期の頃の唯一の死亡例です。術後も元気にされていたのですが、手術してから3日目に出血により創部が腫れて気道が圧迫され呼吸困難となり、低酸素脳症となってしまい、1ヶ月後に亡くなられました。

軽度の合併症その他の合併症として以下のようなものがあります。

舌下神経麻痺3例(1.5%) 舌が動きにくくなります。2例は術後一時的かつ軽度のものでした。1例は喉頭癌術後の方で中程度の麻痺でしたが、しばらくして改善しました。技術の向上にともない、最近ではほとんど起こりません。
嗄声(かすれ声)8例(4.0%) 5例は術後一時的かつ軽度で早期に治りました。術後血腫による嗄声の2例は比較的重度でしたが、幸いなことに数ヶ月でほぼ全快しました。喉頭癌術後で声帯の2/3が摘出されていた方も、術後、重度の嗄声でしたが、しばらくして改善しました。