これまでの厚生労働研究成果

 平成20〜22年度における成育疾患克服等次世代育成基盤研究事業「全新生児を対象とした先天性サイトメガロウイルス感染スクリーニング体制の構築に向けたパイロット調査と感染児臨床像の解析エビデンスに基づく治療指針の基盤策定」(研究代表者 故藤枝憲二教授、3年目古谷野伸講師)1, 2)、および平成23年度からの「先天性サイトメガロウイルス感染症対策のための妊婦教育の効果の検討、妊婦・新生児スクリーニング体制の構築及び感染新生児の発症リスク同定に関する研究」3)によって、新生児ろ紙尿CMV DNAスクリーニングが実施され、そのコホート研究からこれまでに以下のことが明らかとなった。

1)全国25施設、約23,405人の新生児スクリーニングによって、71人のCCMVIが同定された。日本における先天性サイトメガロウイルス感染の発生頻度は0.31%で、新生児1/300人が先天性感染を起こしていた。地域差はなかった(図1)。
2)感染児の24%が新生児期に典型的な臨床所見を呈し、加えて9%が頭部画像にのみ異常が見られた。したがって、新生児1/1000人が症候性先天性感染児であった。この頻度は、代表的な代謝異常疾患であるクレチン症1/3000人や先天性副腎過形成1/15、000人に比べて高く、ダウン症に匹敵するものである。
3)71人のCCMVI児の血清CMV IgM検査では、47%が陽性であった。先天性感染児の約半数が血清CMV IgM陰性であった。
4)ろ紙尿法はろ紙血法に比べてCMV DNA検出感度が高かった。ろ紙血法ではろ紙尿陽性の25%が検出されなかった。
5)先天性感染児の64%に兄弟(同胞)がいた。感染児と兄弟のウイルス株が85%で一致した。主要感染ルートは、子(同胞)が尿・唾液などに排泄するウイルスの母親(妊婦)への初感染であった。
6)症候性先天性感染児では子宮内胎児発育遅延が30%に見られ、無症候性児や正常コントロールに比べて頻度が高かった。
7)症候性児では無症候性児に比べて血中ウイルス量が多かった。
8)症候性児にvalganciclovirないしganciclovir治療をスクリーニング同定児以外を含めて24人に実施した。難聴改善が8/18人、脳室拡大・脳内石灰化の改善は2/14人、網脈絡膜炎の改善は3/3人に認められた。
9)ほとんどの妊婦は、サイトメガロウイルスについての知識を持たない。
10)クリニックないし市立病院(一次病院)において、妊婦に感染予防の教育・啓発をしている施設でのCCMVI発生率0.20%は、感染予防教育・啓発をしていない施設の発生率0.27%より低かった。しかし、有意差は無い。


図1 地域毎の先天性サイトメガロウイルス感染の発生頻度


参考文献
1. Koyano S, Inoue N, Oka A, Moriuchi H, Asano K, Ito Y, Yamada H, Yoshikawa T, Suzutani T, for the Japanese Congenital Cytomegalovirus Study Group. Screening for congenital cytomegalovirus infection using newborn urine samples collected on filter paper: Feasibility and outcomes from a multi-centre study. BMJ Open 2011;doi:10.1136/bmjopen-2011-000118
http://bmjopen.bmj.com/content/1/1/e000118

2. 古谷野伸(代表研究者).全新生児を対象とした先天性サイトメガロウイルス(CMV)感染スクリーニング体制の構築に向けたパイロット調査と感染児臨床像の解析エビデンスに基づく治療指針の基盤策定.厚生労働科学研究費補助金(成育疾患克服等次世代育成基盤研究事業)平成20年度〜平成22年度総合研究報告書,pp1-188,2011
http://mhlw-grants.niph.go.jp/niph/search/NIST00.doよりダウンロード可能)

3.山田秀人(研究代表者).先天性サイトメガロウイルス感染症対策のための妊婦教育の効果の検討,妊婦・新生児スクリーニング体制の構築及び感染新生児の発症リスク同定に関する研究.厚生労働科学研究費補助金(成育疾患克服等次世代育成基盤研究事業)平成23年度総括・分担研究報告書,pp1-120,2012
http://mhlw-grants.niph.go.jp/niph/search/NIST00.doよりダウンロード可能)

妊婦感染症スクリーニングと先天性感染の一次アンケート全国調査の結果

 平成23年度から厚生労働科学研究費補助金「先天性サイトメガロウイルス感染症対策のための妊婦教育の効果の検討、妊婦・新生児スクリーニング体制の構築及び感染新生児の発症リスク同定に関する研究」が開始された。本研究では、母子感染の実態把握および有効な母子感染予防法の探索を行い、母子感染による児後障害の発生を抑制することを目的としている。妊婦健診における感染症スクリーニングの実施状況、およびTORCHを含めた母子感染の実態を明らかにすることを目指して、全国産科施設を対象とした妊婦感染症スクリーニングと先天性感染の実態調査(一次アンケート)を実施した。

一次アンケート調査の方法
 アンケートによる調査方式で、対象は全国 2,714の妊婦健診施設とした。その施設において、平成23年1月〜12月の期間に経験した症例を調査の対象とした。平成24年7月までに一次アンケート調査を行い、その結果を平成24年9月10日付けでまとめた。
 一次アンケートの調査内容は、(1)施設の平成23年総分娩数、施設規模(NICUの有無、病床数)。(2)感染症スクリーニング実施の有無、測定方法と回数。(3)サイトメガロウイルス(CMV)、トキソプラズマ、風疹、梅毒、パルボウイルスB19、単純ヘルペス/新生児ヘルペスによる、人工妊娠中絶(中絶)、流産、死産、分娩の症例数とした。調査での流産、死産は、妊娠22週未満、妊娠22週以降の子宮内胎児死亡とそれぞれ定義した。流死産等では、確定診断検査(病理診断、核酸検査など)を実施していないケースも考慮して、疑い例も含む経験数を調べた。

調査の結果
1.回収率
 その結果、2,714施設のうち、1,988施設より回答を回収させていただいたが、閉鎖となっていた施設や妊婦健診を行っていない施設が13施設あった。アンケート回収率は、73.6%であった。施設規模としては、総合病院NICU有り302施設(15.2%)、総合病院NICU無し455施設(22.9%)、産婦人科病院20床以上107施設(5.4%)、クリニック・診療所19床以下1,124施設(56.5%)の内訳であった。アンケート回収施設での平成23年総分娩数は約787,717分娩(当該設問に無回答は28施設)であった。アンケート回収率の大きな地域差はなかった。

2.スクリーニング実施率
 表1に妊婦健診における感染症スクリーニング実施率を示す。「実施している」と回答があったのは、風疹、梅毒、HIV、HTLV-1、HBV、HCVが99%以上であるのに対し、トキソプラズマ48.5%で、CMVは4.5%であった。風疹スクリーニングを実施していない施設が一部に認められた。

表1 妊婦健診における感染症スクリーニング実施率
感染症 実施している 希望者にのみ実施 未実施 未回答 実施率
(%)
CMV抗体 89 15 1,878 6 4.5
トキソプラズマ抗体 961 58 961 8 48.5
風疹抗体 1,949 4 12 23 99.2
梅毒抗体 1,964 2 0 22 99.9
HIV抗体 1,960 2 4 22 99.7
HTLV-1抗体 1,962 1 3 22 99.8
HBs抗体 1,965 1 0 22 99.9
HCV抗体 1,962 0 4 22 99.8
1,988施設から回収

 特にトキソプラズマのスクリーニング実施率には、都道府県により大きな差があった(図1)。実施率80%以上は5県(宮城、鹿児島、富山、長野、岐阜)、20%未満は10県(秋田、長崎、山口、島根、新潟、山梨、岡山、青森、徳島、山形)であった。

図1 トキソプラズマの都道府県別の妊婦スクリーニング実施率(%)
トキソプラズマの都道府県別の妊婦スクリーニング実施率(%)
 CMVとトキソプラズマに関しては、測定方法と回数について調査を行った。CMVについては、スクリーニングを行っている89施設中、CF(補体結合反応)29.2%, IgG+IgM 22.5%、IgG単独21.3%、IgM単独 5.6%の順であった(未回答21.3%)。回数として、1回83.2%、2回6.7%、3回2.2%であった(未回答7.9%)。トキソプラズマは、スクリーニングを行っている961施設中、HA(赤血球凝集反応)78.8%、EIA(酵素免疫法)8.8%、LA(ラテックス凝集法)2.2%、HA+EIA 2.0%であった(未回答8.2%)。回数は、1回82.0%、2回1.3%、3回0.2%であった(未回答16.5%)。妊娠初期1回のみの測定施設が多く、抗体陰性者の妊娠中の抗体陽性化はほとんど調べられていない現状が判明した。

3.先天性感染数
 日本小児感染症学会TORCH調査委員会によって、全国小児科2703施設を対象に「先天性・周産期感染症(TORCH)の実態に関する全国アンケート調査」が実施された。日本小児感染症学会総会での報告によると、平成18〜20年の3年間に経験した症例(無症候性、疑い例も含まれる)に対する一次アンケート調査の結果、回収率は45.1%であったが、大学附属病院ないし新生児専門施設からの回収率は70%を越えていた。3年間の報告症例数は、先天性CMV感染140人、先天性トキソプラズマ感染16人、先天性風疹感染5人、先天性梅毒感染25人、先天性パルボウイルスB19感染11人 新生児ヘルペス38人であった。過去の調査結果に比べて、新生児ヘルペス数が減少し、先天性CMV感染数が増加していた。推計よりも、先天性梅毒感染の報告数が多かった。
 平成23年1年間で産科施設を対象にした我々の一次アンケート調査(疑い例も含まれる)の回収率は73.6%で、その結果を表2に示す。日本小児感染症学会の調査結果に比べて、トキソプラズマ、風疹、梅毒、パルボウイルスB19感染の報告数が多い傾向があるかもしれない。平成23年はパルボウイルスB19感染が蔓延した年で。想像を越えて流産や死産の原因となった可能性がある。また、トキソプラズマ妊婦スクリーニングの実施による中絶数の増加は、杞憂であることが判った。

表2 先天性感染の報告症例数
先天性感染症 中絶 流産 死産 分娩
先天性CMV感染 5 3 3 57
先天性トキソプラズマ感染 2 1 1 70
先天性風疹感染 4 0 1 18
先天性梅毒感染 1 0 0 21
先天性パルボウイルスB19感染 4 47 28 146
先天性ヘルペス感染/新生児ヘルペス 0 0 1 16
疑い例も含む

 二つのアンケートに共通して、CMVやトキソプラズマの先天感染数が、諸家の推計値よりもかなり少ない。スクリーニング法の未確定や非実施による非診断例が多く存在すると思われる。我々の調査結果では、CMVやトキソプラズマの妊婦スクリーニングを実施している施設での感染報告数は、非実施施設よりも有意に多かった。
 現在、各症例に対する二次アンケート調査を施行しており、今後、詳細なデータの集積、解析と結果の公表をさせていただきます。
 本調査にご協力とご支援をいただいた日本産科婦人科学会ならびに日本産婦人科医会の関係各位、日常のご診療でご多忙のところお時間を割いてアンケートにご回答をいただいた先生皆様に心から御礼申し上げます。

まとめ
1.妊婦健診における風疹、梅毒、HIV、HTLV-1、HBV、HCVの感染スクリーニング実施率は、99%以上であった。
2.一方、CMV(4.5%)とトキソプラズマ(48.5%)の感染スクリーニングの実施率は低かった。
3.CMVとトキソプラズマの先天性感染について、妊婦スクリーニングを実施している施設からの報告症例数が有意に多かった。
4.予想される先天性感染の発生数に比べて、CMVやトキソプラズマ感染症例が少ない理由として、スクリーニング実施率が低いことによる非診断例が多いためと推察される。
5.パルボウイルスB19感染数は予想以上に多く、流産や死産の原因となっている可能性がある。

担当
神戸大学大学院医学研究科 産科婦人科分野 山田秀人
神戸大学大学院医学研究科 産科婦人科分野 平久進也
 
このページの先頭へ