神経発達症(発達障害)とは Neurodevelopmental disorders
神経発達症(発達障害)とは? ~「症」、「障害」と「病気」の違い~
「症」「障害」という言葉は英語のdisorder、一部はdisabilityを訳した言葉です。前者は「不調」を、後者は「能力の低下」を意味します。
別の言い方をすると、以下の表に示すように、「症」「障害」は「困っていること」の種類と程度(何にどれくらい困っているのか)を示す言葉であり、原因ではなく症状(この場合は特定の行動・認識のパターン)を指し、原因を特定してつけられる診断であるdisease「病気・疾病」とは異なります*1)。また、「症」「障害」はある症状について健康な状態・人と比較しての相対的な状態を示すもので、社会的・主観的な意味が含まれ、「正常」との間の明確なラインは存在しません。
神経発達症・発達障害は、神経発達のある側面において、特定の行動・認識パターンのために社会的不適応を起こしている状態であり、自閉スペクトラム症や注意欠如多動症などの診断は、どのような点で社会生活に支障を来たしているのか、という症状の分類と言えます。
どの程度不調であれば神経発達症(発達障害)と言えるのか?
どの程度能力が低ければ?という程度の問題については、現代社会では概ね数%の人が神経発達症と診断されています。保護者の方の中には「発達障害と診断された」ことを「重大な病気と診断された」というような意味に捉えられる方がいらっしゃいますが、そのような決定的な意味を持つわけではありません。
症・障害(症状・症候の分類) | 病気・疾病(原因を含む分類) |
呼吸障害 | 肺炎、肺がん |
歩行障害 | 脳卒中、筋疾患、骨折 |
神経発達症、発達障害 | 遺伝子疾患、代謝疾患 |
「「病的(modbid)」は病気(disease)を意味し、病気(disease)であることは概念的に障害(disorder)にかかることとは非常に異なるためです。厳密に言えば、「診断」と「疾患(disease)」という用語は、完全に正当化されない限り、精神医学の議論ではどちらも避けたほうがよいでしょう。臨床精神科医は、現症状の根底にある既知の異常を特定するという意味での診断をほとんど行いません。その代わりに、ほとんどの患者については、合意されたリストから個別に診断できない症状の数と重症度を評価することで障害を特定することで間に合わせなければなりません。現在認識されている障害(disorder)のほとんどは、症状(symptom)の集合体に過ぎず、大部分の患者がこれらのうちの 1つだけを患っていると予想される特別な理由はありません」。
なぜ神経発達症の診断が必要なのでしょうか?
その目的や意義は主に2つあります。
困っていることの支援方法を見つけるため
必要な社会的サービスを受けるため

たとえば、「落ち着きがない」という場合、それが何によるものかを考えると、いくつかの可能性が考えられます。例えば、知的に幼い(知的発達症)、衝動を抑えるのが苦手(注意欠如多動症)、周囲の雰囲気や常識が分かりづらく場違いな行動をしてしまう(自閉スペクトラム症)、精神的なショックによってそわそわしている(急性ストレス症)などです。これらの特性が単独で現れることもあれば、複数が混在することもあります。
一見同じように「落ち着きがない」ように見える人でも、どの神経発達症の特性が影響しているかによって、効果的な支援方法が異なります。そのため、診断を行うことで適切な支援策を見つける手助けになります。
一方で、神経発達症と正常との区別は曖昧で、厳密な境界はありません。そのため、診断には生物学的な明確な意味は少ないかもしれませんが、診断を受けることで必要な支援や社会的サービスを利用できるようになる場合があります。
神経発達症の治療と診断
根治療法はなく環境調整、療育などの対症療法が中心
神経発達症の治療についてです。医療機関は、診断・治療する施設です。
また医療機関で目標とする「完治」という意味での治療は、症状である神経発達症に対するものではなく、原因となる病気・疾病を治療することです。この意味では「症」「障害」を完治させることはできません。「症」「障害」に対する治療は、苦痛を緩和させる支持療法(呼吸障害に対して酸素投与、歩行障害に対して車椅子を使用など)になります。
神経発達症の支持療法の中心となるのは、どのように関わり育てるのか、教育に際して必要な配慮をするといった環境調整です。これらの支持療法として、別項に解説しているように効果が証明されている療育プログラムが一部の医療機関や療育施設で行われていますが、その他の様々なプログラム、環境調整と支援の場は、学校、保育所、幼稚園、認定こども園や、児童発達支援事業所など、医療機関以外の様々な場所で行われています。これらの支持療法を通して、神経発達症・発達障害の二次障害を予防することが年少時の治療となります。
医療機関における原因まで含めた診断・治療
医療機関、特に「病院」は、神経発達症のような症状だけでなく、原因となる病気・疾病を含めて診断・治療する役割を担います。
例えば、てんかんや内分泌代謝疾患の一部など、神経発達症の背景にある治療可能な病態が診断によって発見され、治療によって改善する場合もあります。また、最近では遺伝学的診断の対象が神経発達症の患者さんにも広がりつつあり、さらなる原因解明が進められています。
また、就学以降の子どもには、対症療法として薬物療法が検討されることがあります。神戸大学病院では、神経発達症・発達障害が疑われる子どもに対して、心理評価を行い、その結果に基づいたガイダンスを提供しています。また、必要に応じて原因となる病気や疾病の検索や、療育施設への紹介も行っています。
そのほか、医療機関では、精神や身体に障害のある子どもに対して支給される特別児童扶養手当の申請書類を作成することもできます。詳しくは、お住まいの自治体の窓口でご相談ください。
まとめると、医療機関が担う役割、つまり医療機関でしかできないことは主に以下の3つです。
2.てんかんなどの治療可能な合併症の診断と治療
3.福祉サービス利用や将来の年金手続きのための診断書の発行
本寄附講座では子どもの神経発達症について高次医療機関として求められる診療、教育、研究を進めています。
神経発達症・発達障害の定義
神経発達症、発達障害は学会、法律などで定義されていますが、少しずつ異なります。
医学での定義は現在米国精神医学会DSM-5-TRのものが新しく、世界保健機構によるICD-11の定義(未邦訳)もこれにおおむね一致しています。
一方、我が国の発達障害者支援法など法的な定義もあり、発表年の関係からも両者の食い違いが見られます。
一般的に言って、定期的な診断基準の更新に法律の変更は追いついていかないので、両者が異なっているということがむしろ常態であると理解して良いでしょう。
現時点での最も大きな違いは、知的発達症(知的障害)を神経発達症(発達障害)に含めるか否かであり、DSM-5-TRは含める、発達障害者支援法は含めないという立場をとっています。
1. DSM-5-TR
神経発達症群
神経発達症群とは、発達期に発症する一群の疾患である。
この障害は典型的には発達期早期、しばしば就学前に明らかとなり、個人的、社会的、学業、または職業における機能の障害を引き起こす発達の欠陥あるいは脳内プロセスの差異により特徴づけられる。発達の欠陥または違いの範囲は学習または実行機能の制御の非常に特異的な制限から、社会的技能または知的能力の全般的な障害まで多岐にわたる。
かつてはカテゴリー的に定義されると考えられていたが、最近では症状の測定に次元的アプローチを用いることで、しばしば定型的発達との明確な境界のない重症度に広範な幅のあることが示されることがある。したがって、障害の診断には、症状と機能の障害の両方が必要である。
知的発達症群
知的発達症(知的能力障害)
全般的発達遅延
知的発達症(知的能力障害)、特定不能
コミュニケーション群
言語症
語音症
児童期発症流暢症(吃音)
社会的(語用論的)コミュニケーション症
コミュニケーション症、特定不能
自閉スペクトラム症
注意欠如多動症
不注意・多動-衝動性が共にみられる状態像
不注意が優勢にみられる状態像
多動−衝動性が優勢にみられる状態像
注意欠如多動症・他の特定される
注意欠如多動症、特定不能
限局性学習症
読字不全を伴う
書字表出不全を伴う
算数不全を伴う
運動症群
発達性協調運動症
常同運動症
チック症群
トゥレット症
持続性(慢性)運動または音声チック症
暫定的チック症
チック症、他の特定される
チック症、特定不能
他の神経発達症群
神経発達症、他の特定される
神経発達症、特定不能
2.発達障害者支援法(平成十六年十二月十日法律第百六十七号)
最終改正:平成二八年六月三日法律第六四号
第二条 この法律において「発達障害」とは、自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるものをいう。
2 この法律において「発達障害者」とは、発達障害がある者であって発達障害及び社会的障壁により日常生活又は社会生活に制限を受けるものをいい、「発達障害児」とは、発達障害者のうち十八歳未満のものをいう。