研究


私たちは「睡眠中の脳がどのように記憶を固定するのか」という一つの問いを、複数の角度から追求しています。研究は 3 つの柱 で組み立てられています。睡眠が記憶のダイナミクスをどう支えるかを問う基礎機序の柱、PTSD を軸に病態メカニズムと治療技術開発を融合する臨床の柱、そして睡眠中の脳振動を活用して移植細胞を宿主回路へと組み込む再生医療の柱です。いずれの柱でも「睡眠」が共通の縦糸です。

柱 1・睡眠による記憶ダイナミクスの基礎機序

Sleep-driven dynamics of memory: basic mechanisms


睡眠 — とりわけレム睡眠 — が、記憶の固定や、新たに生まれたニューロンの回路レベルでの統合をどのように支えるのか。その基本機構を解明します。この柱は研究室の科学的中核であり、2 つのトランスレーショナルな柱に仮説を供給する源です。

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成体新生ニューロン × レム睡眠

問い: 成体の海馬で新たに生まれるニューロンは、睡眠中にどのようにして既存の記憶回路へ統合されるのか。

歯状回は生涯にわたって新しいニューロンを生み出し続けます。まず、成体で生まれたニューロンを後から除去すると既獲得記憶が劣化することを示し(Arruda-Carvalho & Sakaguchi et al., J Neurosci 2011)、つづいて細胞種特異的オプトジェネティクスにより、レム睡眠中の新生ニューロンの希少な活動が記憶固定に必要であることを示しました(Kumar et al., Neuron 2020)。さらに、活動依存的な細胞標識と光遺伝学的操作を用いて、レム睡眠中の次の2点を因果的に示しました:(i)わずか約 3 個の新生ニューロンからなる記憶アンサンブルの再活性化が恐怖記憶の固定に必要であること、(ii)新生ニューロンの活動が θ 波の特定の位相に同期することが恐怖記憶の固定に必須であること(Srinivasan et al., Nature Communications 2025)。

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睡眠中の記憶リマッピング・代謝・回路動態

記憶を担うニューロンの活動パターンは、睡眠サイクルを通じて再編されます。恐怖記憶固定中の新生ニューロン活動のリマッピング(Vergara et al., IJMS 2021)、歯状回における恐怖記憶固定化の代謝指紋(Koyanagi et al., Molecular Brain 2021)、そして 1 光子カルシウムイメージングで同じ細胞群を 100 日以上追跡する解析基盤(Vergara et al., Nature Communications 2025Chavan et al., Neurobiol Learn Mem 2025)を構築しました。

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柱 2・睡眠と PTSD — 病態メカニズムと治療技術開発

Sleep and PTSD: pathophysiology and therapeutic technology development


動物モデルでのトラウマ関連恐怖記憶の研究と、PTSD 患者を対象とした臨床研究を組み合わせ、その知見を睡眠ベースの治療技術 — Sound Exposure during Sleep(SES) — として実装します。

神戸大学で PTSD 研究を行うことには、私たちにとって特別な使命があります。1995 年、この街は阪神・淡路大震災に見舞われ、多くの方々が長く続く心の傷を抱えてこられました。この地に根を下ろす研究室として、私たちはトラウマ関連症状の理解と治療技術の開発に、責任をもって取り組んでいます。本ページは科学的背景を提供するもので、医療上の助言を行う場ではなく、いかなる臨床研究の参加者を募る窓口でもありません。

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動物:トラウマ関連恐怖記憶の病態メカニズム

齧歯類モデルを用いて、恐怖記憶の形成と文脈との結びつき(Fujinaka et al., Molecular Brain 2016)、条件付け直後に恐怖が汎化する時間経過(Yu et al., BBRC 2021)、そして PTSD 様モデルにおいて消去を促進し、恐怖記憶そのものを書き換えうる条件(Kawakami et al., BBRC 2024)を順に明らかにしてきました。NREM 睡眠中の聴覚刺激が恐怖記憶を修飾しうることを示した先行研究(Purple et al., Scientific Reports 2017)とあわせて、これらは下記の臨床 SES プログラムの機構的基盤となっています。

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臨床:PTSD における睡眠リズムのシグネチャー

最近のプレプリントで、私たちは PTSD 患者の NREM-REM サイクル遷移異常を、我々の知る限り世界で初めて記述しました(Sekiba et al., medRxiv 2025;プレプリント、査読中)。このシグネチャーは、臨床層別化のバイオマーカー候補となり、PTSD における持続的恐怖記憶の背景に「乱れた睡眠サイクル」が関与しうるという仮説を提供します。

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臨床:Sound Exposure during Sleep(SES)— 治療技術の開発

Sound Exposure during Sleep(SES) は当ラボの探索段階基盤技術です。内因性の睡眠依存的記憶処理を活用し、特定の睡眠ステージ中に個別化された聴覚キューを提示し、トラウマ関連の記憶処理に与える影響を検討しています。

医師主導の First-in-Human 実現可能性試験を無事に完了しました(試験登録 jRCT1030230706)。13 名の患者が同意し、6 名が一晩の SES を完了しました。介入は良好に忍容され、徐波睡眠は保たれ、聴覚刺激に起因すると判断された有害事象はありませんでした。これは、臨床現場で個別化された音を睡眠中に届けることの実現可能性と安全性を支持する結果です。探索的な解析はプレプリントに記載されています(Ino et al., medRxiv 2026)。

実現可能性が確認できたことを受け、私たちはこの結果を土台に SES プロトコルを洗練し、次の段階の臨床研究の設計を進めています。SES は探索段階の基盤技術であり、本サイトは医療上の助言を行いません。登録された臨床試験は終了しています。

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柱 3・睡眠を利用した神経再生医療

Sleep-Enabled Neural Regenerative Medicine


Galectin-1 を成体神経新生の駆動因子として同定した発見から、レム睡眠中の θ 帯域振動下で移植細胞をホスト回路に編み込む取り組みまで、20 年にわたる連綿たる系譜の上に、「睡眠」そのものを、新たな細胞が回路と出会う環境として活用する再生医療プラットフォームを構築しています。

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分子基盤:成体神経新生を駆動する分子の発見

PI が慶應大学 岡野研究室に在籍した時期に、糖鎖結合蛋白 Galectin-1 が成体海馬の神経幹細胞の増殖を促進することを世界で初めて示しました(Sakaguchi et al., PNAS 2006)。この時期に共同発明者として登録した米国特許(US 7,785,596 / US 7,662,385)もあわせて、本ラボの「成体新生ニューロンを再生医療の基盤として位置づける」志向の出発点となりました。

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睡眠と新生ニューロン:因果性の確立

新生ニューロンが記憶に因果的に寄与すること(Arruda-Carvalho & Sakaguchi et al., J Neurosci 2011)、レム睡眠中のその希少な活動が記憶固定に必要であること(Kumar et al., Neuron 2020)、そしてレム睡眠中に、ごく少数(約 3 個)の新生ニューロンの再活性化と、新生ニューロン活動の θ 波特定位相への同期とが、それぞれ記憶固定に必要であること(Srinivasan et al., Nature Communications 2025)を段階的に示してきました。基礎神経新生から再生医療への橋渡しとして位置づけた総説(Akers et al., Stem Cells 2018Koyanagi & Sakaguchi, Neural Regen Res 2019)も公表しています。

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睡眠と結びついた回路統合促進:再生医療の中核技術

技術的な土台として、小型蛍光顕微鏡(T-Scope, 特許第7299610号)、リアルタイム AI 睡眠判定(特許第7321511号, 登録済)、そして閉ループの光遺伝・イメージング統合スタックが本柱の基盤を構成します。

私たちが開発・運用する手法


In vivo

小型蛍光顕微鏡

慢性的な睡眠条件下での自由行動下記録に最適化した自作ミニスコープ。

計算

リアルタイム睡眠 AI

睡眠中の閉ループ・ステージ特異的介入のための、エッジ実装可能なモデル。

遺伝学的ツール

細胞種特異的オプト/ケモ

生涯にわたる新生ニューロンを標的とするトランスジェニックマウス系統。