教室紹介

教室の沿革

昭和25年、兵庫県立病院光風寮(現・兵庫県立光風病院)院長の矢野顕治が、兵庫県立医科大学精神神経科初代教授に就任し、当教室は開設された。矢野顕治は光風寮院長と教授を兼任し、兵庫県立医科大学生への講義および外来診療を開始し、入院診療は光風病院において行っていたが、その後、教育基本法・学校教育法により兵庫県立医科大学が新制兵庫県立神戸医科大学となった。その後、矢野顕治教授の設計によって精神科病棟「清明寮」が開棟し、大学病院での入院治療とその研修が可能となった。

昭和34年に黒丸正四郎が第2代教授に就任。昭和39年から開始された神戸医科大学の国立移管に伴い、精神神経科教室も国立移管され、昭和41年に神戸大学医学部精神神経科学講座となった。

昭和55年に中井久夫が第3代教授に就任。中井教授が中心となって設計された新清明寮が、平成6年に開棟した。中井教授が在任中の平成7年1月17日未明、阪神淡路大震災が起こり、新清明寮には内外から多数の精神科医が集結し、被災地の精神保健活動に奔走した。

平成10年に前田潔が第4代教授に就任。平成12年に大学院医学研究科の部局化により、神戸大学大学院医学系研究科精神医学分野となり、さらに平成16年には国立大学法人法の施行に伴い神戸大学が「国立大学法人神戸大学」となった。平成22年3月に前田教授は退官。

平成25年に曽良一郎が第5代教授に就任し現在に至る。