WHHLウサギの起源となる突然変異ウサギが1973年に渡辺嘉雄動物実験施設前教授によって発見され,7年かけて系統化され,1980年にWHHLウサギと命名された.1973年,本学の旧実験動物施設の飼育管理担当者5人中2人が長期入院することになり,当時多数飼育されていたウサギについて飼育管理方法の省力化の可能性を検討することになった.渡辺前教授はオスの日本白色種ウサギ(100日齢)を用いて給餌を毎日の制限給餌から隔日に変更することがウサギの血清生化学パラメーターに与える影響を検討した.その実験に使用したウサギの中に血清総コレステロール値が正常ウサギの約10倍の高値を示すウサギを発見した.このウサギの高コレステロール血症は一時的なものではなかったことから,渡辺前教授は突然変異による高脂血症と判断し,系統開発を開発した.当時の日本では,一部の専門家を除いては高脂血症の重要性についての認識は乏しかったにもかかわらず,高脂血症ウサギを「異常動物」として無視せずに系統開発に取り組んだことは渡辺前教授の先見性を表している.くしくも1973年は,後にノーベル賞を受賞したGoldstein JLとBrown MSがLDL receptor pathway仮説を提唱した年であり,現在世界中で高コレステロール血症の第一選択肢として使用されているスタチンを国内製薬会社の研究グループが世界で最初に発見した年でもあった.
その後,WHHLウサギを通して当施設はGoldstein JLとBrown MSのグループ,スタチンを最初に発見した研究グループと共同研究を実施することになった.これらの3つのイベントが生体内のコレステロール代謝に関する研究や脂質低下療法の発展に果した役割はきわめて大きいと高く評価されている.
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系統として確立した当時(1980年)のWHHLウサギでは,大動脈には動脈硬化病変が発生したが,冠動脈における動脈硬化の発生率は極めて定率であった.冠動脈病変の発生率を上昇させるために選抜交配を実施し,1985年に冠動脈に動脈硬化が発系するWHHLウサギを確立した(Atherosclerosis 1985; 56: 71-79).しかし,冠動脈の狭窄病変は軽度でマクロファージやリピッドコアの少ない病変であった.高度の冠動脈病変が発生する系統に改良するべく,再度選抜交配が実施された.1990年に渡辺嘉雄教授が定年退官後,塩見雅志准教授がWHHLウサギコロニーおよびWHHLウサギに関する研究を引き継いだ.6年間の選抜交配の後,1991年に冠動脈に重度の動脈硬化が発生するcoronary atherosclerosis-prone WHHLウサギが開発された(Atherosclerosis 1992; 96: 43-52).
冠動脈に重度の動脈硬化病変が発生しても心筋梗塞が発症しなかったため6年をかけて新たな選抜交配を実施し,2003年に心筋梗塞を自然発症するWHHLMIウサギを開発した(Arterioscler Thromb Vasc Biol 2003;23 (7): 1239-1244; Commentary to the International Atherosclerosis Society, IAS Website (http://www.athero.org/comm-index.asp) September 5, 2003.; J Atheroscler Thromb 2004 Sep; 11 (4): 184-189)
(新聞記事)
日経メディカル オンライン 2012年8月8日 Topix。第44回日本動脈硬化学会(福岡、2012年7月19−20日)のシンポジウム「急性心筋梗塞症のメカニズムに迫る 臨床病理と動物モデルから動脈硬化性プラーク不安定化・破綻の原因を探る」での発表「冠動脈病変破綻におけるMMP陽性マクロファージとスパズムの役割」が紹介されました
日経産業新聞 2007年7月6日「メタボウサギ作製 神戸大、研究用」
毎日新聞 2003年7月11日「3年以内に心筋こうそく自然発症のウサギ開発」
讀賣新聞 2003年7月11日「心筋こうそく100%発症ウサギ 神戸大チーム開発」
神戸新聞 2003年7月11日「心筋梗塞ウサギ 交配実験で誕生」
朝日新聞 1985年10月19日「ノーベル賞受賞研究にWHHLウサギが貢献」
朝日新聞 1985年10月15日「ノーベル賞受賞研究にWHHLウサギが貢献」
神戸新聞 1981年3月22日「高コレステロールのウサギを開発」
1) 高脂血症および動脈硬化症を自然発症するWHHLウサギを開発した (実験動物 1997; 26: 35-42; 麻布獣医大誌 1997; 2: 99-124; Atherosclerosis 1980; 36: 261-268).
2) 選抜交配によって冠動脈に動脈硬化が好発するWHHLウサギに改良した. (Atherosclerosis 1985; 96: 43-52).
3) 選抜交配によって冠動脈に高度の狭窄病変が発生するWHHLウサギに改良した. (Atherosclerosis 1992; 96: 43-52).
4) 選抜交配によって心筋梗塞が自然発症するWHHLMIウサギを開発した. ( Arterioscler Thromb Vasc Biol 2003; 23 (7): 1239-1244; J Atheroscler Thromb 2004 Sep; 11 (4): 184-189)
( 詳細については WHHLMIウサギ(和文) あるいは 英文 をご覧下さい )
5. 心筋梗塞を自然発症するWHHLMIウサギの開発( Arterioscler Thromb Vasc Biol 2003; 23 (7): 1239-1244; J Atheroscler Thromb 2004 Sep; 11 (4): 184-189)
1) 研 究 概 要
・ | 世界で初めて心筋梗塞を自然発症するウサギのモデルの開発に成功. |
・ | WHHLMIウサギと命名. |
・ | 35月齢までの累積発症率は97%. |
・ | 心臓に血液を送る冠動脈に進行した動脈硬化病変が発生し,冠動脈を閉塞することによって心臓の組織に血液が送られなくなり(虚血),心筋梗塞を発症. |
・ | 心筋病変は広い範囲に及んでおり,急性心筋病変が陳旧性病変(時間が経過した古い病変)の周囲や間に認められ,冠動脈の動脈硬化病変は破裂しやすい不安定な病変に変化. |
・ | 心電図では心筋梗塞特有の変化が認められる. |
・ | WHHLMIウサギの心筋病変はヒトの急性冠症候群 1) の心筋病変とは組織像が異なるが,その違いは冠動脈の動脈硬化病変の破裂の有無が関係していると考えられる. |
2) 社会への貢献と今後の発展性
・ | 心筋梗塞の遺伝子治療や幹細胞の移植による心筋組織の再生,その他薬剤などによる治療方法の開発などへの貢献が期待できる. |
・ | 急性冠症候群の原因と考えられる不安定な動脈硬化病変が発生していることから,急性冠症候群の危険因子や発症メカニズムに関する研究にも有用と考えられる. |
・ | インターネット版を見た英国のLeadDiscovery 2) が産学連携に値する研究として選抜(1万編の論文の中から100編を選抜). |
3) 研究の背景
・ | このモデルウサギは,1985年のノーベル賞(生理学医学部門)受賞研究(米国のGoldsteinとBrownによるコレステロール代謝の解明と治療への応用に関する研究)にも大きく貢献した遺伝性高脂血症ウサギ(WHHLウサギ,ワタナベウサギ)3) を遺伝改良 4) して開発.
| ・ | 遺伝子組換えマウスで心筋梗塞を発症するモデルがすでに報告されているが,ヒトの病態とは異なる.また,マウスでは脂質代謝,動脈硬化,脂質低下剤への感受性もヒトと異なり,心臓のサイズが小さいために研究に使用しにくいといわれている.ウサギの脂質代謝,動脈硬化,脂質低下剤への感受性はヒトに類似. |
4) 方 法
4-1) 開発方法
| 心臓に血液を供給している冠動脈に動脈硬化が自然発症するWHHLウサギ3) の中から心筋梗塞を自然発症する可能性が高いと判断されたウサギを選んで交配する選抜交配 4) を繰り返し,本モデル動物を開発した. |
| 選抜基準は次の4項目である. |
@ 心筋梗塞を発症,
A マクロファージが多く集まった冠動脈の動脈硬化病変を持つウサギ,
B 冠動脈の管腔狭窄率が高いウサギ,
C 成熟齢以後の血清コレステロール値が高いウサギ.
4-2) 開発期間
| 開発には6年間の選抜交配(1994年〜1999年),8年間の解析を要した.現実には,本モデルの開発は1980年から1992年までの準備段階を礎にして完成した. 5) |
4-3) 心筋梗塞発症の確認
・ | 死後の心臓の病理組織像の解析: 201匹の心臓について約50切片/匹を解析 |
・ | 心電図変化の記録: 50匹につき12月齢以後毎月記録 |
5) 結 果
6) 研 究 組 織
・ | 研究の統括: 塩見 雅志 (神戸大学医学部附属動物実験施設・助教授) |
・ | 種畜の選抜: 塩見 雅志 (神戸大学医学部附属動物実験施設・助教授) |
・ | 病理解析: 塩見 雅志 (神戸大学医学部附属動物実験施設・助教授) |
・ | 病理解析: 伊藤 隆 (神戸大学医学部附属動物実験施設・助手) |
・ | 病理解析: 范 江霖 (筑波大学 基礎医学系 病理・講師) |
・ | 臨床的考察: 川嶋 成乃亮 (神戸大学大学院 医学系研究科 実践医科学領域 器官治療医学講座 循環呼吸器病態学・助教授)
| ・ | 心電図記録: 山田 悟士 (神戸大学医学部附属動物実験施設・技官) |
・ | 血清脂質値測定: 山田 悟士 (神戸大学医学部附属動物実験施設・技官) |
・ | 繁 殖: 田村 敏昌 (神戸大学医学部附属動物実験施設・技官) |
(用語説明)
1) | 急性冠症候群: 心臓の動脈(冠動脈)が血栓(血液が血管内で凝固したもの)などにより突然閉塞することにより発生する急性心筋梗塞,不安定狭心症,心臓突然死を含めた急性心筋虚血(突然心臓の筋肉に血液が送られなくなる)所見の総称.冠動脈の動脈硬化病変が破れることが引き金と考えられており,破れやすい動脈硬化病変を不安定病変という. |
2) | LeadDiscoveryLtd: 英国の産学連携を推進する産業社側の研究者による組織. |
3) | 1973年に突然変異ウサギを発見(渡辺 嘉雄 前教授),1980年に系統として確立(渡辺嘉 雄 前教授),1985年に冠動脈動脈硬化が自然発生するモデルに改良(渡辺嘉 雄 前教授),1992年に冠動脈動脈硬化病変が進行するモデルに改良(塩見 雅志 助教授). |
4) | 心筋梗塞に繋がる因子を持ったウサギを選んで交配する育種手法. |
5) | 実際は1981年から心筋梗塞を自然発症するモデルの開発を開始した(渡辺 嘉雄 前教授).第一段階は冠動脈に動脈硬化が発症するWHHLの開発で1985年まで(渡辺 嘉雄 前教授),第二段階は冠動脈の動脈硬化病変が進行するWHHLウサギの開発で1986年〜1993年まで(渡辺 嘉雄 前教授,塩見 雅志 助教授),第三段階が心筋梗塞を自然発症するWHHLMIウサギの開発1994年〜1999年まで(塩見 雅志 助教授). |
7. 他の研究機関が主に実施したWHHLウサギに関する主要な共同研究
8. 受 賞
2014年5月
日本実験動物学会奨励賞
WHHLMIウサギへの冠攣縮誘導による急性冠症候群の誘発.
小池 智也 助教
第61回日本実験動物学会総会, 2014年5月15-17日 (札幌, 日本)
2012年5月
Best Poster Award
Coronary Plaque Rupture, Relation of MMP-Positive Macrophages and Coronary Spasm.
Masashi Shiomi, Tsutomu Kobayashi, Norihisa Nitta, Akinaga Sonoda, Kiyoshi Murata, Ken-ichi Hirata, Takashi Ito, Tatsuro Ishida
80th European Atherosclerosis Congress, May 25-28, 2012 (Milan, Italy)
2006年9月
シーズアワード
心筋梗塞を自然発症するWHHLMIウサギの開発と動脈硬化研究への応用.
塩見雅志、山田悟士、田村敏昌、伊藤隆
(第2回神戸大学医学シーズフォーラム、2006年9月26日)
2001年11月
優秀選抜論文
心筋梗塞好発WHHLウサギ,病理所見と心電図所見
塩見 雅志,伊藤 隆,山田 悟士,田村 敏昌
(第18回日本疾患モデル学会, 名古屋大学シンポジオンホール、2001年11月9−10日)
共同研究者の受賞
2006年6月
First Place Award Outstanding Basic Science Investigations
Monitoring the therapeutic effect of probucol on vulnerable atherosclerotic plaques using [18F]FDG-PET.
Ogawa M, Magata Y, Kato T, Hatano K, Ito K, Ishino S, Mukai T, Shiomi M, Saji H
Society of Nuclear Medicine 53rd Annual Meeting, June 3-7, 2006 (Sun Diego Convention Center, Sun Diego, CA, U.S.A.)
The Blumgart Award
99mTc-ANTI-LOX-1 ANTIBODY FOR EVALUATING THE VULNERABILITY OF ATHEROSCLEROTIC LESIONS: COMPARATIVE STUDIES WITH 99mTc-ANNEXIN A5, IN MYOCARDIAL INFARCTION-PRONE WATANEBE HERITABLE HYPERLIPIDEMIC (WHHLMI) RABBITS
Seigo Ishino, Takahiro Mukai, Yuji Kuge, Noriaki Kume, Nozomi Takai, Nagara Tamaki, H William Strauss, Masashi Shiomi, and Hideo Saji
53rd Annual Meeting ? Society of Nuclear Medicine ? San Diego, California ? June 3-7, 2006
2005年4月
排尿障害の基礎部門で総会賞
過活動膀胱(OAB)の発症メカニズムに関する研究−WHHLウサギを用いての検討−
吉田正貴、桝永浩一、吉松美佳、稲留彰人、宮前公一、岩下 仁、上田昭一、竹屋元裕、堀内正公、塩見雅志.
第93回日本泌尿器科学会総会(2005年4月13−16日,ホテル日航東京)
2005年11月
第二回日本核医学会研究奨励賞・最優秀賞
18F-FDG accumulation in atherosclerotic plaques: immunohistochemical and PET imaging study.
Ogawa M, Ishino S, Mukai T, Asano D, Teramoto N, Watabe H, Kudomi N, Shiomi M, Magata Y, Iida H, Saji H
J Nucl Med. 2004 Jul; 45 (7): 1245-1250
2004年7月
2004 First Place Award Outstanding Basic Science Investigations
18F-FDG accumulation in atherosclerotic plaques: immunohistochemical and PET imaging study. Ogawa M, Ishino S, Mukai T, Asano D, Teramoto N, Watabe H, Kudomi N, Shiomi M, Magata Y, Iida H, Saji H.
J Nucl Med. 2004 Jul; 45 (7): 1245-1250
施設のホームページ
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