サイトメガロウイルスの特徴

CMVのゲノム構造と生物学的特徴

 CMV は、病理学的に「フクロウの目」(owl eye)様に感染細胞が染色されることから同定された。70年代初期には、先天性の脳障害を伴う子宮内感染を起こすことが認識され、その後、免疫抑制条件、即ち、移植やHIV感染において、重篤な日和見感染症を起こすことが明らかとなった。HAART療法の普及とともにHIV患者における重篤なCMV感染症は減少したが、先天性感染と移植患者における日和見感染は、依然として大きな問題である。
 CMVの正式名称はヒトヘルペスウイルス5(HHV-5)であり、ベータヘルペスに分類される。CMVは様々な細胞・組織に感染することができる。一方で、宿主域は狭く、ヒトCMVはヒトにのみ、マウスCMVはマウスのみにしか感染できない。
 実験室株であるAD169について1989年に全ゲノム配列が報告されたが、強毒のToledo株及び生ワクチンの治験に用いられたTowne株の解析からAD169株には10kb以上の欠失変異領域があること、この領域の方向性が両株で逆転していることなどが明らかになり、新鮮分離株の塩基配列解析の必要性が認識された。最近、健常児より分離されたMerlin株をはじめとして、いくつかの臨床株の全塩基配列が決定されている。多くの新鮮分離株の解析から、CMVの大半の遺伝子で塩基配列は極めて保存されているが、糖蛋白B(gB)やgHなど特定のウイルス遺伝子に多様性(多型)があることが明らかとなってきた。この多型を利用して、感染経路の解析が可能となるとともに、多型の生物学的な意義について検討されてきた。CMVの遺伝子構造と増殖性について下図に示した。
CMVの遺伝子構造と増殖性について

感染の経路と現状

 CMVは、幼少時に感染し、ほとんどが不顕性感染の形で、生涯その宿主に潜伏感染する。母乳を介した感染に加え、小児の唾液や尿には大量のCMVが検出されることから家族内での感染が主な感染経路と考えられる。先天性感染の感染経路の分析では、子供がいる妊婦の大半が自らの子供が排泄するCMV株に感染したと考えられる。このほか、輸血による感染、性行為による感染もみられる。20〜30年前の調査では、我国の成人におけるCMV抗体陽性率は80~90%であったが、現在、若年者を中心に60%台までに低下してきた。

CMV感染症

 他のヘルペスウイルスの場合と同様に、「感染」と「感染症」を区別することが重要である。「感染」は、感染歴として血清学的に陽性である潜伏感染と現在の体内からCMVが検出される活動性の感染とに分かれる。「感染症」は、肺炎・網膜炎・臓器障害など臨床症状を伴う場合を指す。活動的感染は、感染症の前段階ではあるが、かならずしも感染が感染症に移行するわけではない。CMV感染症を発症するのは主に胎児(先天性感染児として出生)、未熟児、移植・AIDS・先天性免疫不全などの免疫抑制条件下の患者などである。
 乳幼児期の自然感染による初感染は、無症候性である一方、思春期以降の初感染では、倦怠感・悪心・筋肉痛・頭痛・発熱・肝脾腫・肝機能異常・異型リンパ球症など伝染性単核球症様の症状を示す場合もある。外科手術などで大量輸血を受けて初感染した場合にも、同様の症状を示し重症化しやすい。
 妊婦が初感染した場合、およそ40%程度で胎盤を通して胎児の先天性感染が発生する。死産の約15%が先天性CMV感染によるというオーストラリアの調査結果が最近報告されている。出生した先天性感染児の約2割に低体重出生、小頭症、点状出血、血小板減少、肝脾腫、黄疸、難聴、網膜炎などの臨床症状が見られ、脳内石灰化や脳室拡大などの頭部画像所見の異常を加えると約3割が症候性である。また、一部の感染児においては、出生時無症候性であっても、遅発性に難聴や精神発達遅滞が発症する。現在の我国における先天性CMV感染の頻度は全出生児300人当り1人と他の先天性代謝異常よりも多く、その早期対策が望まれている。
 未熟児では、母乳を介した感染により肝機能異常、間質性肺炎、単核球症などが起きることがあるが、難聴・網膜炎など先天性感染で見られる神経学的障害の発症リスクは小さい。凍結融解処理した母乳の使用が推奨されているが、この処理で感染性CMV量は1/10〜1/100に減少するが完全には不活化されない。
 移植においては、CMV感染症は主に移植後3~12週に発症するが、移植後100日以降においても遅発性に発症する場合がある。CMV感染は様々な臓器に関与するため、多様な病態を示す。発熱(38℃以上)、倦怠感、関節痛、筋肉痛などの全身症状の他に、肺炎、胃腸炎、膵炎、網膜炎などの局所症状が知られる。血算・生化学検査所見としては、骨髄抑制(白血球減少、血小板減少)、異型リンパ球の出現、肝機能異常などが見られる。移植後は様々な要因によって、肺炎、消化器病変、肝機能異常を呈するため、CMV感染症の診断においては、可能であれば、病変に関与する部位、臓器での活動性CMV感染を同定する必要がある。同定に当っては、生検組織が得られた場合には病理学的検査の実施が重要である。なお、CMV網膜炎は特徴的な所見のみでも診断可能である。病変部位からの検体が得られない状況では抗原血症法やPCR法の結果から、活動性CMV感染の有無を総合的に判断する。

担当
国立感染症研究所 ウイルス第1部・第4室 井上直樹
 
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