大学院生
西庄龍東先生 平成28年入局
私は、大学受験も浪人したし、医師国家試験も浪人したし、という人間です。
勉強自体は嫌いじゃないですが、自分に甘く遊ぶことを優先する人間です。浪人してから毎度思いますが、こんなに勉強は面白いのになぜ初めから取り組まなかったのだろうと。大学院生活も浪人時代に似ているように感じます。
せっかく初期研修医となり、お金を稼いで生計を立てられるようになったのに、学費まで払ってなぜ自ら学生にもどるのだろうと。
また他人の評価で物事を決めることも嫌いな人間です。
自ら体験してその結果、自分がどう感じたかが非常に大切だと考えます。
小学1年生のときだったかアニメを見て「電車の荷棚で横になる」行動をどうしても試したい衝動にかられ、誰もいない車両で実際に試したときに全然面白くないと思ったのを今でも覚えています。長い人生の中、老後になって、大学院生活を送ってみたいと思っても送れないし、実際に大学院生活を送ってみて良かった良くなかったと評価できること自体が自分の糧であると考え、大学院に進学することにしました。
そもそもなぜ眼科医になったかですが、積極的理由と消極的理由からです。
積極的理由は、物理学が好きだからです。消極的理由は、眼科以上の魅力を他科に感じなかったからです。
初期研修は医師として最低限のオールラウンド力を身に付ける期間なだけでなく、職業体験の意味合いが強いと個人的には考えており、なるべく多くの科をローテートしました。
その過程で「自分」に合っているか否かを見極めていくことが大切で、そのためにも自己評価をしっかりできることが重要になります。
積極的理由の後押しとなったのは、手術記録がチェック式になっていること、全身麻酔の手術件数の占める割合が高くないこと、回診前の血液検査結果待ちがないことです。基本的に待ちの時間が苦手です。
これを書きながら自分は非常にせっかちだなと思います。でもそのせっかちな人間にとって理にかなっているのが眼科だと思います。眼科を選択した当時の自分は、自己評価に長たけていたとほめてやりたいです。
こんなせっかちな人間ですが、大学院は進学してよかったと思います。市中病院でcommon diseaseを数多くこなし手技をめきめきと身に付けていくコースからみれば、大学院進学コースは医者寿命の中で遠回りしている感が否めません。臨床医としてはそう見える面もありますが、大学院を卒業してからはベクトルの違いだと感じるようになりました。せっかちでありながら、浪人時代のように時間を取らないと物事を深く考えない性格である自分にとって、大学院生活は眼科学を深く考えるにはよい4年間だったと思います。
人生において大切なことは、人生の岐路の選択を自分で納得して決定することです。選択がbestだったか、betterだったか、そうでなかったかはあとにならないとわかりません。後悔しない選択をするためにも、自分のことをよくよく考えて自己評価に沿って選択することです。神戸大学の眼科学教室はあなたの勇気ある選択を後悔しないものにしてくれると、私は確信しております。
村井佑輔先生 平成29年入局
大学時代を長崎で過ごし、初期研修医で神戸に戻った私は、神戸大学のことをあまり知らずに入局しました。
その結果、入局してから私は度肝を抜かれることになりました。
まず、眼科医一年目に派遣された神戸海星病院では眼科分野では珍しい眼窩疾患などを専門的に診療していました。オリエンテーション後にスーツ姿の私はオペ室へ呼ばれるがままに向かうと、そこでは見たこともない大きな外眼部手術が繰り広げられていました。眼科医初日、あれ?眼科ってこんなんやったっけ??なんかすごい事やってるぞ、とドキドキしながら帰ったあの日は今でも鮮明に覚えております。
そして、そこで一緒に働いていた上司に大学院を勧められ、これまた大して何も考えず勢いで大学院に入りました。当然、どんなことをするのか、どんなことをしたいのか全然わかっておりませんでした。
眼科医二年目、神戸大学へ異動すると同時に大学院に入った私の日々はまたまた驚きの連続でした。
神戸大学眼科の先生方は多くの分野で超一流のプロフェッショナルを発揮されている先生方ばかりです。臨床、基礎のそれぞれから眼科学へ向き合う先生方と過ごす日々は、毎日何か新しい気づきを得られる様な刺激的な環境でした。また、そのような環境の中、大学院生として専門外来に出ることができました。眼科医としての専門的な軸を得ることができる上に、早くから主治医として責任感を持って患者様と向き合うことは医師として大きく成長させてもらえると思います。
さらに、基礎実験では私は緑内障に関わる動物実験に携わらせていただきました。基礎から緑内障という病気の根本を考えることができたのはこれまた大学院生の特権だと思います。実験の結果に対する見方や解釈など上級医の先生方からの指導はこんな風に考えることができるのか、とやはり驚きでいっぱいでした。
眼科では市中病院などでは人員配置は他科に比べ少ないため、近い学年の先生と大勢で仕事できる機会は多くありません。大学院ではいろいろな愚痴をこそこそと言い合ったり、学会に行ったり、様々な経験を友達のような先輩や同期、後輩の先生と共有することができました。社会人になってからもこのような時間が過ごせたことはかけがえのない財産でした。
どうせ医者をするならたくさん信頼される素敵な先生でありたいと思います。
昨今では医師としての在り方も増えており色々な道があると思います。
神戸大学眼科学教室は今も昔もこれからも、皆さんが素敵な眼科医ライフを送るための大きな道しるべになってくれると思います。
山田裕子先生 平成29年入局
<眼科医・大学院に入ったきっかけ>
研修中に感じたのは、顕微鏡越しに見える眼球の美しさ、広大な眼球の内側の世界、視覚という重要な感覚器であり、治療による効果を如実に感じることができる不可侵の専門領域であること。これらに興味を持ったことが、眼科医を志したきっかけです。
また、研修医時代に、臨床研究で治療に関する論文で読んで、患者さんの背景、臨床データの統計解析、論文作成の裏側に興味を持ち、大学院への進学にも興味を持つようになりました。現在の神戸大学のプログラムでは、専門医研修と同時に大学院での研究を並行できるため、最短で眼科医5年目には専門医資格と学位を取得できることも魅力の一つです。
<大学院生活>
大学院では、社会人大学院生、眼科専攻医として、研究と臨床の二つを主軸に学生生活を送りました。研究は臨床研究をメインに行い、網膜硝子体疾患に関して、過去の膨大なカルテを検索して、臨床データを取り、それらをエクセルにまとめて統計評価を行い、得られた知見を過去の報告と比較し、考察して学会で発表し、論文化を行うというのが一連の流れです。大学院在籍中の大きなイベントである、学会発表の良さは、新規治療・機械のセミナーや著名な先生方の講演やインストラクションを受けられる以外にも、学会終了後の観光や日常診療を離れた空間を満喫することも楽しみの一つです。
臨床においては、眼科専攻医としては1年間の病棟・外来業務、大学院生として平均して3-4コマの専門外来で診療に携わらせて頂きました。私の場合、網膜硝子体、ぶどう膜炎、角膜の3つの専門外来に出務させて頂き、各専門外来の上級医の指導を仰ぎながら、個々の症例に対して、検査の計画、治療過程を相談しながら得られた臨床経験は、眼科医として非常に貴重な財産となりました。また手術に関しても、白内障から緑内障・硝子体疾患に関して、幅広く技術指導をして頂きました。
<後輩へのメッセージ>
神戸大学眼科学教室は、私を含めた他大学の出身の先生方も多く、雰囲気のよい医局です。医局の自転車好きの先生方と始めた自転車サークルの活動も大学での研修の楽しかった想い出の一つです。また、スタッフ・大学院生の約半分は女性なので、ライフステージに併せて活躍されている先生も多く、女性ならではの相談もしやすい環境かと思います。
そして、眼科診療の幅も広く、若手の頃より専門診療に触れることができる機会に溢れています。さまざまなニーズに合った研修が可能な施設かと思いますので、ご興味を持たれましたら、気軽に見学にいらして下さい。最後までご一読頂き、ありがとうございます。
中井駿一朗先生 平成27年入局
初期研修医時代、まだ興味があること、やりたいことがしっかり定まっていなかった自分にとって、専門とする科の選択はいくら考えたところで答えの出ない難問でした。
様々な科を研修した中でそれぞれの科の良い点悪い点を見る機会もあり、余計迷うという状況でしたが、実際に神戸大学眼科で研修し、比較的早期から主治医として患者さんと向き合うことができ、白内障手術のように自らの手技が患者さんのQOLの向上に直結し、喜んでもらえる機会があること、医局自体の雰囲気がよく、確かな知識と技術をもった先生方に気兼ねなく相談したり指導を受けることができることなどを踏まえ、神戸大学眼科に入局し、眼科医生活をスタートすることになりました。
眼科診療は専門性が高く、新たに学ぶことの連続で、日々忙しくも楽しく過ごしていましたが、そこで大学院へ行くべきかという問題が脳裏にちらつき始めました。
医学生時代から存在は耳にしていたものの、不安定な労働環境でネズミの世話をしたりする何だか良くわからない所という印象があり、大学院に入って研究を行うということをあまり考えたことはありませんでしたが、同期の先生や上級医の勧めもあり、大学院生活に飛び込んでみることにしました。
結果として、自分の眼科医人生の基盤となる多くのことを学ぶことができ、大学院に入学して正解だったと感じています。
普段の診療を行っていくうえでの根拠となる教科書的知識というのは全て先人達が研究してきたことの積み重ねですが、今現在もわかっていないことが数多くあり、現在進行形で無数の研究が行われアップデートされています。
そういった中で、ひと昔前には常識だと思われていたことが、今では非常識ということも少なくありません。
日々更新される最新の論文も玉石混淆であり、ある程度自分自身でその論文の信用性を判断して、本当に患者さんにとって有益と思われるものだけを普段の診療に取り入れていくことが必要です。
その時に、自分自身で研究したことがあるからこそ、気が付くことができる部分があると思います。
また、大学院に入ることで、自分の専門領域を作ることができたのも大きな財産だと感じています。大学病院の専門外来に入って診療を行っていくことで、特定の疾患についてはベテランの先生にも引けを取らないくらいの診療経験を得ることができ、自分の強みとすることができます。
また、研究データをしっかりまとめることができれば、国内外の様々な地で開催される学会に参加することができます。
ハワイやバンクーバーの学会に行って、発表を行い、学会場で勉強した上でですが、皆で色々観光して回ったことはいい思い出になっています。
神戸大学眼科ではハンズオンセミナーや研修説明会を定期的に行っていますので、少しでも興味をもってもらえた方は是非参加して、医局の先生に色々質問してみて下さい。このページをみてくれた先生方といつか一緒に働ける日を楽しみにしています。
盛崇太朗先生 平成27年入局
仕事をしている姿くらいはカッコよくありたいな、と思ったのが大学院への始まりです。
正直に申しまして、強い思いでこれを勉強したい!、と思って大学院に入ったわけではありません。
大学院入学が決まった際に中村教授から何か研究したいテーマがあるか、聞かれたのですが、まだまだ眼科医になったばかりでよくわからない、と答えたのを覚えております。
しかし実際に神戸大学眼科の大学院に入った後は、臨床においても基礎研究においても様々な分野において、日本の眼科のオピニオンリーダーである先生が神戸大学に多数いることがわかりました。
そのような先生方の熱い指導を受けることが出来、目の前の症例、研究の壁に出くわしたときに、ヒントや答えを得られる環境に恵まれておりました。
例えば一般診療をしていても自分の選択した治療法が正解だったのかわからない場面にしばしば出くわします。
大学の専門外来は、いわゆる難症例が多数存在し、難問の宝庫です。
そのような場合においても教官の先生から解答を得られるため、大学院での研鑽はいわば丁寧な解説付きの自分を鍛え上げるのに適切な問題集でもあります。
自分の知識が患者満足度を上げるというのはよく経験します。私は大学院にて緑内障を専門にしておりますが、時々ちょっとした緑内障の蘊蓄を患者さんに言います。
同じ眼圧でも片眼のみ視野狭窄が進行している患者さんに、そっち側の眼を常に下にして寝てないかと尋ねてみます。
すると旦那さんのいびきが五月蠅いので、常に旦那さんに背を向けて視野狭窄進行眼を常に下にしている、と答えるではありませんか。
実は側臥位の状態で寝ていると下の方の眼は眼圧上昇を来しやすく、緑内障が進みやすいという報告があります。
このような解決法を得たのは、大学院で緑内障の勉強をしているときに読んだ論文からでした。
また最近ダイエットで運動を始めた患者さんには、運動も緑内障に良い影響を与えることを伝えてcheer upを促します。
意外だったのは、珍しい症例なので世のため人のために還元したいので発表させてほしい、と患者さんに伝えた時です。今まで全ての患者さんが喜んでくれました。
自分の経験が珍しい事が嬉しいと思うのは、病気で苦しい思いをした分、その苦しみが人よりも大変だったということを認めてくれた気分になるからなのでしょうか。
まだ論文出来上がりませんか?と患者さんからありがたい叱咤激励を頂いた事もありました。
単に淡々と診療をこなす医者と、自分の病気の蘊蓄を語ってくれる先生、どっちが患者さんから見てカッコいいでしょうか?
研究って一般臨床から離れた仕事と思っていたのですが、そんなことは全然なかったです。
私は、学会発表にしても論文執筆にしても、初めての知見を世界に披露するのはカッコいい仕事の一つだと思っております。
豊富な知識や経験で学会会場のaudienceを納得させる、超一流の手術手技で患者さんが次々と短時間に治っていく、未来に繋がる基礎研究で新たな治療法を確立する、神戸大学の教員の先生方は皆さんそんなカッコいい仕事をしているばかりの先生です。
そのカッコいい先生方を目標としながら、目の前の患者さんや後輩の先生からもカッコよく映るように、眼科医として福山雅治に近づくべく日々を過ごしています。
吉川敦子先生 平成27年入局
医学部5回生の実習で細隙灯顕微鏡を用いて友人の眼を観察し、その美しさに感動した私は眼科への憧れを強く抱くようになりました。
医学部卒業後、2年間の初期研修で「自分は内科向きではない、外科系向きだ」と強く確信し、進路を決めるにあたりいくつかの外科系診療科が選択肢となりました。
眼はきれいですし、毎日好きなものを見て仕事ができたら素敵だなと思う反面、眼という人体の中ではごく小さい部分のみを扱っていくことに少し抵抗がありました。
この点は多くの研修医の先生方が悩むところだと思います。
しかしながら、実際はむしろ逆で、特別器用でもなければ体力に自信がある訳でもない私のような人間にとって、専門性の高い診療科を選んだのは大正解でした。
眼という臓器は小さいながら複雑かつ精巧で、「百聞は一見に如かず」、「目は口ほどに物を言う」といった諺があらわすように、眼が果たす機能は計り知れません。
疾患も多種多様で、数多くある鑑別疾患の中から自分で「見た」所見をもとに診断を行い、治療も自ら行う眼科の診療は時に大変ですが、やりがいを感じるところでもあります。
眼の重要性は高いにも関わらず、眼疾患の診療は眼科の独壇場ですので、他科の先生から頼りにして頂けた時は大きな喜びを感じます。
眼科医生活が始まり、日々楽しく過ごしていた中で、大学院への進学を考えるようになりました。理由は単純で、せっかくだし知らない世界を覗いてみたいと思ったからです。
大学院では糖尿病モデルマウスを用いた基礎研究をさせて頂きました。
最初はマウスの扱いに四苦八苦しましたが、何もかも新鮮で楽しく貴重な経験となりました。
臨床では眼科医初年度に思い出深い症例と出会ったぶどう膜炎に興味を持つようになりました。
ぶどう膜炎は幅広い年齢の患者に生じ、重篤な視機能障害をきたすことがありますが、稀少疾患が多く、全国的に専門家は少ない分野です。
幸い神戸大学眼科ではぶどう膜炎診療の歴史があり、専門外来で勉強させて頂くことになりました。
細隙灯顕微鏡は赤血球の一つ一つを観察できるほど精密で、その扱いには習熟が必要ですが、結膜や強膜、角膜、前房、虹彩、隅角、水晶体、硝子体、視神経、網膜、脈絡膜・・・といった眼内/外の細かな所見を得ることができます。
ヒントのように散らばっている所見から診断を導いていく過程は、まるで探偵のようです。
ぶどう膜炎は治療に対する反応が早く、生き物のように状態が変化していくところも面白いです。かつては外科的治療に惹かれていた私ですが、今では生物学的製剤や免疫抑制剤を日常的に扱うようになり、どちらかというと内科的な診療が中心となっています。人生分からないものです。
ぶどう膜炎は眼科の中でも専門性が高く、大学でぶどう膜炎の診療経験を積んだことは大きな武器になりました。
神戸大学眼科教室では眼科全般を学ぶのはもちろん、若手のうちから専門性を育む機会を頂けますので、より良い環境で眼科研修を希望される先生にお勧めです。