研究内容

1 GDNFファミリーとその受容体の生理機能

 神経細胞は適切な標的細胞と結びつき細胞間コミュニケーションを行うことで初めて正常に発生し機能することができます。 この細胞間コミュニケーションにおいて主要な役割を果たすのが神経栄養因子と呼ばれるタンパク群です。 神経栄養因子は標的細胞などから分泌され、神経細胞に発現する特異的な受容体を活性化して、細胞の生存・分化や機能を制御します。 研究室では、神経栄養因子GDNFファミリーとその受容体の生理機能の解明を目指して研究を行っています。
 GDNFファミリーはGDNF, NRTN, ARTN, PSPNの4つのメンバーから構成され、 これらのリガンドはGPI結合膜タンパクであるGFRα1, GFRα2, GFRα3, GFRα4に結合し、 RETチロシンキナーゼ受容体の活性化を誘導して細胞にシグナルを伝えます。
 GDNFファミリーとその受容体群は中枢・末梢神経系の様々な神経細胞の正常発生に必須であることが主にマウス遺伝学による研究で明らかになってきました。 GDNFファミリーに依存する神経細胞には、中脳ドーパミン作動性神経細胞、運動神経細胞、腸管神経細胞などが含まれます。 したがって、GDNFファミリーの生理機能解明により、これらの神経細胞群が侵される病気(パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症、ヒルシュスプルング病など) の治療法の開発につながることが期待されます。

2 腸管神経系の発生機構

 腸管神経系は腸管の運動・分泌・血流を制御する、生命維持に不可欠の神経系です。 腸管神経細胞は腸管全長にわたりその壁内に存在し、その数は脊髄の神経細胞数を凌駕します。 腸管神経細胞は多様なサブタイプに分かれ、これらの神経細胞群が機能的に結びついて、脳からの入力なしに基本的な腸管機能を制御出来る神経回路を形成しています。 これらの特徴から腸管神経系は「第二の脳」とも呼ばれています。
 この最も複雑な末梢神経系である腸管神経系を構成する大部分の細胞は、比較的限局した細胞集団(迷走神経堤細胞)に由来します。 発生早期に前腸に侵入した迷走神経堤細胞は、腸管神経系前駆細胞となり、腸管壁内を口側から肛門側に向かって移動しながら腸管神経系を形作っていきます。 腸管神経系前駆細胞は発生中の神経系で最も長い距離を移動する細胞集団の一つです。 この移動の過程で一部の細胞は分裂する一方、他の細胞は分化して多様なタイプの神経細胞を生み出していきます。 したがって、腸管神経系の発生は、細胞移動、増殖、分化、生存、回路形成など、神経発生生物学に根源的な諸問題を多く包含しています。
 研究室では、これら発生素過程を制御する分子群の探索と解析を行っています。 また最新のタイムラプスイメージング技術を導入し、腸管神経系を構成する細胞や分子の振る舞いを直接観察しています。 このイメージングシステムは発生過程を数日にわたって追跡でき、哺乳類の神経系の中で最も長い時間のタイムラプス観察を可能にしています。 腸管神経発生の理解は、よりグローバルな神経発生の理解につながると期待しています。

3 神経堤症の分子機構

 神経堤細胞は末梢神経系の構成細胞や軟骨、骨などさまざまな細胞に分化する能力を持った細胞です。 神経堤細胞の発生・分化の異常により様々なヒト疾患が誘導されます。研究室では小児科・小児外科領域で特に問題となる以下の疾患について解析を行っています。

〈ヒルシュスプルング病〉
 新生児約5000人に1人の割合で発症する腸閉塞性の疾患です。 腸管の遠位部に腸管神経系が形成されないために腸が常に収縮した状態となり腸内容物が通過できなくなります。 放置すれば重い腸炎や腸穿孔による腹膜炎を起こすため、外科的な治療を必要とします。
研究室では腸管神経系を欠損する様々な遺伝子改変マウスを作製・解析することにより、ヒルシュスプルング病の発症機構の解明を目指しています。

〈神経芽腫〉
 神経芽腫は副腎髄質、末梢交感神経節に由来する小児悪性腫瘍であり、小児の腹部悪性固形腫瘍で最も頻度の高い疾患です。 転移を伴うような進行症例は現在の集学的治療をもってしても予後不良であり、新たな治療法の開発が望まれています。 研究室では神経芽腫に関連する遺伝子変異をマウスに導入することにより、 特定の遺伝子変異が交感神経・副腎髄質細胞の発生にどのような影響を与えるのかを解析しています。 発生生物学とがん研究を組み合わせ、発生異常に起因する「がん」という概念からその発症機構に迫ります。

 上記のような疾患モデルマウスによる解析では生理的環境下での遺伝子変異の機能を知ることができます。 得られた知見は、疾患の新たな治療法開発に貢献する重要な情報になると期待しています。