神戸大学大学院医学研究科腎泌尿器科学分野

Division of Urology, Department of Surgery Related, Kobe University Graduate School of Medicine

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先進的医療

「hinotori」とは

泌尿器科領域において身体への負担を軽減する低侵襲手術が進展し、手術用ロボットの需要が拡大しています。神戸大学泌尿器科では、地元企業と共同開発したロボットである「hinotori」を用いて、令和2年12月14日、神戸大学医学部附属病院国際がん医療・研究センター (ICCRC)での1例目を皮切りに、前立腺癌に対する手術を開始しています。 この「hinotori」は、①オペレーションユニット、②サージョンコックピット(執刀医が操作する)、③ビジョンユニット(術野を3Dで映し出す装置)の3ユニットで構成されています。従来の手術用ロボットと比較してみると、手術を行うオペレーションユニットのアームは、ヒトの腕に近いコンパクトな設計で、より円滑な手術が可能となっており、かつ、手術の状況を確認する映像も、より鮮明な3Dで映し出されるため、今まで以上に精緻な手術が可能であると考えます。

神戸大学での「hinotori」を用いたロボット手術

この手術用ロボットである「hinotori」は、神戸大学医学部附属病院およびICCRCの各施設に1台ずつ導入されています。現在、前立腺癌に対する前立腺全摘除術(前立腺を取り除いた後、膀胱と尿道をつなげる手術)を行っており、令和3年7月の時点で、18人に対して手術を行い、いずれの患者さんも手術後の経過は良好です。また、この手術では、傷口が小さく、手術中の出血も少量で、体への負担が軽度です。そのため、手術後の回復も早く入院期間も10日前後となっています。

ロボット支援技術

ロボット支援手術は従来の腹腔鏡手術と比較して、関節の付いた鉗子による精緻な操作が可能であり、さらに、三次元の高解像度カメラにより体内の構造物をより詳細に観察することができます。このことから、われわれ泌尿器外科医はロボット支援技術を用いてより複雑な手術を低侵襲に行う事が可能となりました。加えて、手術の習熟のために要する時間も従来の腹腔鏡手術より短縮されました。

泌尿器科癌に対する手術領域において、最初にロボット支援手術が適応されたのは前立腺癌に対するロボット支援根治的前立腺全摘除術(RARP)です。それに引き続き、現在では小径腎癌に対するロボット支援腎部分切除術(RAPN)、あるいは膀胱癌に対するロボット支援根治的膀胱全摘除術(RARC)へと適応が拡大されつつある状況です。神戸大学医学部附属病院においては国内早期(2010年8月)にdaVinciを導入し、現在もRARP、RAPN、RARCの3種類の手術を積極的に行っています。

ロボット支援手術 今後の課題

前述のように泌尿器科領域におけるロボット支援手術は数多くの利点を有しますが、同時に今後の課題もあります。例えば今後のロボット支援手術の普及のためにはトレーニングシステムの確立が必須です。当教室では遠隔地において指導者が高速ネットワーク回線を経由して次世代術者への指導を行う遠隔指導システムを開発し6、今後の更なる普及を目指しています。また、ロボット支援手術はチーム医療であることから手術中の助手の操作も重要です。われわれはロボット支援手術における助手のトレーニングおよび3D視野を採用し、その有用性につき報告しています7。また、現時点ではロボットアームに触覚を有さないことも問題の一つであり、今後の機器の改善あるいは新規開発が期待されます。我々は今後もロボット支援手術を普及させるとともに、さらなる次世代技術を積極的に取り入れ、より多くの患者さんが最先端手術の恩恵に与ることが出来るよう努力して参ります。

ロボット支援根治的前立腺全摘除術

ロボット支援根治的前立腺全摘除術(RARP)は2000年に米国において初めての報告が行われました。現在では、RARPは開放手術と比較して出血量が少なく輸血率が低いことが証明されています。癌の根治性に関しては、再発率や生存率を厳密に証明するためには観察期間が充分に必要であることからはっきりと優位であると証明されたわけではありませんが、病理学的な断端陽性率は開放手術と比較して少なくとも同等であることが証明されています。術後の機能温存の観点に関しても、RARPを行なった場合、開放手術や従来の腹腔鏡手術に比べて術後1年での尿禁制が優れていることが既に証明されています。また、術後の男性機能温存効果も同様に優れていることが証明されています。最近では、高リスクの前立腺癌に対しても、RARPは安全で有効な治療となることが発表されました。

我々の教室では、RARPによる癌の根治性を高めるためのMRIを用いた術前診断について報告しました1。また、術後の尿禁制を術前の膀胱機能検査により予測する方法2や、勃起神経の温存により術後の尿禁制が改善する解剖学的な根拠についての報告3などの知見を国内あるいは海外に向け発信しています。

ロボット支援腎部分切除術

小径腎腫瘍に対する腎部分切除術は根治的腎摘除術と比較し腎機能温存のみならず全生存も改善させることが示されています。このため、最新の臨床ガイドラインでは小径腎腫瘍に対する標準治療は腎部分切除術であることが示されています。しかしながら、腹腔鏡下手術において腎部分切除術は未だに充分に適応されているとはいえず、いまだに不要な根治的腎摘除術が行われることもあります。ロボット支援技術を適応することにより、前述の如く精密でかつ正確な操作が可能となることから、ロボット支援腎部分切除術(RAPN)は2004年に初めて施行の報告がなされました。ロボット支援腎部分切除術では腫瘍の切除および切除部分の縫合を従来の開腹手術以上に正確かつ迅速に行うことが可能となったため、癌の根治性を犠牲にすることなく腎機能の温存における良好な結果が得られています。RAPNは従来の腹腔鏡下手術と比較しますと、適応となる症例の幅が広く、周術期成績が良好で、周術期の合併症が少ないことが証明されています。

我々の教室では、RAPNが先進医療として認定され、患者さんの負担が軽減されました。また、RAPNを施行する際の患部への到達法(経腹膜的到達法と後腹膜後腹膜的到達法)の検討4、RAPNにおける術中3Dナビゲーションシステムを用いた腎動脈の選択的遮断の有用性5、などの報告を国内外に発信しています。

ロボット支援根治的膀胱全摘除術

転移を有さない筋層浸潤性膀胱癌あるいは高リスク非筋層浸潤性膀胱癌の患者さんに対する標準治療は根治的膀胱全摘除術です。しかしながら開放手術による根治的膀胱全摘除術は傷が大きく長時間手術であることから体への負担が重いという問題点がありました。ロボット支援手術の根治的膀胱全摘除術への応用は2003年に初めて報告されました。最近発表された総説によると、ロボット支援根治的膀胱全摘除術(RARC)は開放手術と比較して、周術期に合併症がおきにくく出血量が少ない為に輸血の必要性が低下するとともに入院期間が短縮されることが報告されています。癌の根治性に関しては、RARCが開発されてからの期間が短いことから決定的な証明はされていないものの、開放手術と比較して遜色ないとの報告が増加しつつある状況です。RARCはRARPの拡大術式と考えられており、数多くのRARPを経験することが必要とされます。我々の教室では、RARPの経験症例数が豊富であることを生かし、積極的にRARCを適応し、膀胱癌に罹患し、膀胱全摘除術を余儀なくされたた患者さんの周術期の負担を軽減するよう努めています。