立証検査医学について

沿革

2004年10月
シスメックス社の寄附講座として、臨床検査・免疫学分野 「立証検査医学部門」が設置
(分野長:熊谷 俊一 教授)
2012年10月
内科系講座へ移転し、「立証検査医学分野」となる
(分野長:平田 健一 教授)
2024年10月
寄附講座開設20周年 新分野長に 篠原 正和 教授 が就任

ミッション・ビジョン

臨床検査の有用性を
科学的に立証し、
医療の質の向上を目指す。

立証検査医学とは、臨床疫学的なエビデンスに基づき、検査法の有用性を証明し、
臨床検査の効果的な活用方法を確立するものである。
これにより、診断や治療の質を保証し、診断学や医療の発展に寄与するとともに、国民の健康福祉の向上に貢献する。

01 臨床検査法の有用性の検証と社会への発信
02 多様な疾患・病態を標的とした臨床検査のシーズ探索
03 基礎研究と臨床検査学における人材育成・産学連携の人材交流

研究テーマ

1. 新たな臨床検査手法の開発

近年、個々人の疾患発症リスクを予測し、症状が現れる前の段階で予防的介入を行う「先制医療」の重要性が高まっています。先制医療の実現には、患者ごとの遺伝的背景や環境因子、生活習慣などを総合的に評価し、疾患リスクを迅速かつ的確に特定・層別化できる検査手法やバイオマーカーの確立が不可欠です。本分野では、神戸大学病院および関連病院を受診された患者様の臨床検体を活用し、動脈硬化症や心疾患に関連する新たなバイオマーカーや検査手法の開発に取り組んでいます。シスメックス株式会社との共同研究により得られた代表的な成果として、HDL(高比重リポ蛋白)の機能評価法および心アミロイドーシスのスクリーニング法の開発が挙げられます。
従来、HDLコレステロール(HDL-C)は冠動脈疾患の負の危険因子として量的に評価されてきましたが、最近の研究により、「高ければ高いほど良い」という単純な指標ではないことが示されつつあります。そこで我々は、HDL粒子がコレステロールを取り込む能力を簡便・短時間・高再現性で評価可能な新規測定系「Cholesterol Uptake Capacity(CUC)」を開発し、HDL-Cよりも心血管病リスク評価に優れる可能性を明らかにしました。現在、CUCは完全自動測定が可能となり、国内外でその有用性に関する臨床的検証が進められています。
また、野生型トランスサイレチン心アミロイドーシス(ATTRwt-CM)は、大動脈弁狭窄症や“駆出率が保たれた心不全”などの一般的な循環器疾患の約10%に潜在することが明らかになり、近年注目を集めている疾患です。しかしながら、ATTRwt-CMの確定診断には、組織生検や99mTc-PYPシンチグラフィーなどの侵襲的かつ高コストな検査が必要であり、簡便なスクリーニング手法は存在していません。我々は、血液を用いた非侵襲的なスクリーニング法の開発を目指し、ATTRwt-CMに特異的なバイオマーカーや診断アルゴリズムの確立に向けた研究を進めています。

不安定なTTRが疾患を惹起する過程。
不安定なTTRが疾患を惹起する過程。

Detection of TTR tetramer by ELISA

本研究で開発したTTRの不安定性を評価系の模式図。

本研究で開発したTTRの不安定性を評価系の模式図。

出典: Sci Rep. 2024;14(1):20508.

2. 基礎研究による心疾患の病態解明

医学の発展において基礎研究が果たす役割は極めて重要であり、将来の研究者育成の観点からも欠かせません。科学的な仮説を構築し、それを実験的に検証するプロセスを習得するために、基礎研究は不可欠な学びの場となります。
当分野では心不全に関する基礎研究を中心に取り組んでいます。心臓は「雑食性の臓器」と称されるように、脂肪酸やブドウ糖に加えて、アミノ酸やケトン体など多様なエネルギー基質を利用してATPを産生しています。虚血性心疾患や弁膜症などによって心筋が障害を受けると、構造的なリモデリングに先行してエネルギー基質の利用パターンが変化し、いわゆる「代謝リモデリング」が生じることが知られています。我々は、メタボローム解析をはじめとするオミックス解析手法を駆使し、ヒト検体、心不全モデル動物、培養細胞といった多様な試料を用いて、心臓を構成する各細胞の代謝特性を明らかにする研究を行っています。近年は、糖尿病性心筋症における分岐鎖アミノ酸(BCAA)代謝の異常や、心臓線維芽細胞におけるde novo脂肪酸合成経路の役割など、従来の心筋中心の研究では見過ごされてきた新たな病態メカニズムの解明に挑戦し、学術的に価値ある知見を発信してきました。
今後も、心不全の病態解明に加え、代謝経路への介入による新たな治療戦略の確立を目指し、基礎から臨床へとつながるトランスレーショナルリサーチを推進してまいります。

Angiotensin-II/Phenylephrineによって誘導される心臓線維化がAcly遺伝子発現サイレンシングによって、抑制された(マッソントリクローム染色)。
Angiotensin-II/Phenylephrineによって誘導される心臓線維化がAcly遺伝子発現サイレンシングによって、
抑制された(マッソントリクローム染色)。

Activated cardiac fibroblast

当研究室で解明したACLYを中心とする心臓線維症の発症メカニズム。

当研究室で解明したACLYを中心とする心臓線維症の発症メカニズム。

出典: Hypertension. 2025;82(6):1116-1128.

3. 地域社会に根差した疫学研究

日本においては超高齢化が急速に進行しており、地域住民の健康課題を的確に把握し、効果的な医療政策や予防戦略を立案するためには、地域に根ざした精度の高い疫学研究が不可欠です。特に心不全は、高齢化とともに患者数の増加が顕著であり、全身の臓器に十分な血液を供給できなくなることで、息切れやむくみ、倦怠感などの症状を引き起こし、再入院を繰り返す慢性疾患です。心不全の罹患患者数は国内で約120万人にのぼり、今後さらに増加することが予測され、「心不全パンデミック」とも呼ばれる深刻な医療課題となっています。加齢に伴って発症リスクが高まるため、生命予後や生活の質(QOL)だけでなく、医療経済にも多大な影響を及ぼし、持続可能な医療体制の構築において極めて重要な疾患とされています。
しかしながら、日本における将来的な心不全患者数の予測には多くの不確実性があり、その背景には地域レベルでの実態を反映した信頼性の高い疫学データの不足が存在します。こうした課題を克服するため、我々は兵庫県立淡路医療センター主導の地域疫学研究「Kobe University Heart Failure Registry in Awaji Medical Center(KUNIUMIレジストリー)」に参画し、淡路島における心不全患者の実態解明に取り組んでいます。本レジストリーの解析により、全国の人口構成に基づいた推計では、2015年時点で年間約16万人が急性心不全を新たに発症し、この数は2040年には約25万人に達すると予測されました。特に85歳以上の患者の割合が著しく増加し、2040年には全体の6割を超える見込みであることも示されました。
これらの知見は、心不全の予防や早期介入の必要性を強く示すものであり、高齢者医療体制の整備や地域包括ケアの推進に資する貴重なエビデンスとなっています。実際、本研究成果は2025年に発表された日本循環器学会の「心不全診療ガイドライン」にも掲載されるなど、国内の心不全対策における基盤情報として広く評価されています。今後も、地域に根ざした疫学研究を通じて心不全の実態把握と対策強化を進め、超高齢社会における持続可能な医療と地域づくりに貢献してまいります。

Estimated number of HFp/rEF in Japan

Estimated number of HFpEF and HFrEF (thousand)

HFpEF HFrEF % of HFpEF Total population in Japan(million)
2015 82.8 76.4 52.0 125.9
2020 98.8 86.4 53.3 125.3
2025 112.2 94.7 54.2 122.9
2030 125.1 101.8 55.1 119.2
2035 136.7 106.4 56.3 114.8
2040 142.3 108.9 56.7 111.0
2045 139.6 107.1 56.6 106.6
2050 138.9 106.5 56.6 101.9
2055 144.1 107.4 57.3 97.3

HFpEF*、HFrEF**患者の推移 Fujimoto, Toh, Takegami, et al. Circulation Journal. 2021.
*HFpEF(heart failure with preserved ejection fraction):収縮能が保持されたタイプの心不全
**HFrEF(heart failure with reduced ejection fraction):収縮能が低下したタイプの心不全

出典: Circulation Journal. 2021;85(10):1860-1868.

※本研究成果が日本循環器学会の発行する心不全診療ガイドライン(2025年改訂版)に掲載されました。