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国立がんセンター東病院での3年間の研修生活を振り返って

永野達也(平成15年卒 現特命助教)

 1枚の胸部レントゲンフィルムから肺動脈や肺静脈に至る無数の構造物を読み解く、学外実習で三菱神戸病院の気比陽先生からレントゲン写真の読影の手ほどきを受けた際の衝撃は今でも鮮明に記憶の中に残っている。各疾患に特徴的な画像所見を絵としてパターン認識し、特別な名前を冠する所見を覚えることにのみに専心していた学生時代の私は、一つ一つの色の違いに意味があり、読み解くうちにあたかも身体の中が透けて見えるような読影にすっかり魅了されてしまった。将来、治療の難しい病気その中でも死亡者の最も多い肺がんを研究対象にしたいと考えていた私は、呼吸器内科学講座に入局させて頂こうと考えていた。件の読影法が国立がんセンターの先生方によって体系付けられたものであるとお聞きし、それまで国立がんセンターの存在すら知らなかった私だが、将来は国立がんセンターで臨床と研究を学んで来たいと強く思うようになった。
 呼吸器内科部長の西村善博教授からも御勧め頂き、国立がんセンター東病院の採用試験を受け合格することができた。採用にあたっては当時国立がんセンターのがん専門修練医として御活躍されており、現在は京都大学医学部呼吸器内科で助教をされている金永学先生の御助力があり今でも非常に感謝している。
がんセンターでは毎日が刺激的で、日本にとどまらず世界の最先端の情報にあふれ新しい医療が創生されようとしていた。具体的な仕事内容だが、15〜20人の患者を担当する病棟業務に従事して臨床試験や実地臨床として行われる化学療法、その毒性に対する対応、緩和医療などを学び、月曜日と木曜日の午後に気管支鏡検査、火曜日の午後にCT下肺針生検などの検査で検査技術を学び、毎週決まった曜日の朝から夕方までに撮影された外来の胸部レントゲン写真、入院と外来の胸部CT写真の読影を担当し読影技術を学んだ。2週間に1回は院外の先生方も交えての読影会も行われていた。また、月に1回程度外来化学療法室で静脈留置針により抗がん剤用のルートを確保する業務があり、その数は100人近くになるため非常に骨の折れる仕事であった。最先端の情報が飛び交うカンファレンスが毎日のように院内各所で行われており、呼吸器内科に関連したものでは、毎週火曜日の呼吸器外科との術前カンファレンス、水曜日の放射線科との呼吸器内科カンファレンス、金曜日の呼吸器外科、病理部との病理カンファレンスの他、他施設と中継を結んで行うMedical Oncology Conference、多地点合同メディカル・カンファレンス、院内の臨床部門、基礎研究部門から研究の進捗状況を報告する院内合同カンファレンスなどがあり、最新のものを含めた膨大な情報を元に徹底した議論が行われていた。
 読影の手ほどきを受けたのが最初に述べた読影法の大家であられる部長の西脇裕先生で、3年間の研修を通じてお気遣い頂き大変御世話になった。CT画像診断が専門の大松広伸先生は一番長く一緒に仕事をさせて頂いた先生でレジデントへの思い遣りにあふれた優しい先生であった。日本の肺がん臨床の中心人物の一人でいらっしゃる久保田馨先生は、コミュニケーションスキルや接遇を非常に重んじておられ厳しくも温かくご指導を頂いた。レジデントの良き相談相手になって下さっていた後藤功一先生には私も公私ともに相談に乗って頂いた。仁保誠治先生と葉清隆先生はそれぞれ数か月ずつ一緒に仕事をさせて頂きご指導頂いた。仁保先生には家族で御一緒に食事に誘って頂き、毎年の年賀状の御写真で御家族の様子を伺えるのを非常に楽しみにさせて頂いている。葉先生は現在の私のがん診療の骨格を形成してくださった先生で、今でも学会場などで声をかけさせて頂き教えを受けている。素晴らしい上司の先生方に恵まれたことも充実した研修生活が送れた大きな要因になっている。
 私は幸いにして、呼吸器内科のみにとどまらず幅広く関連した領域で研修を受ける機会にも恵まれた。すなわち、緩和医療科の木下寛哉先生、精神腫瘍科で現在岡山大学精神神経病態学教授の内富庸介先生、臨床腫瘍病理部の落合淳志先生、石井源一郎先生、がん治療開発部の松村保広先生のもとで勉強する機会を頂いた。精神腫瘍学という学問はそれまでに耳にしたことがなく、がん患者、家族に接する上での大きなヒントを頂いた。病理部では計100例近くの手術検体を実際に固定し、切り出し、鏡検して所見を付けさせて頂いた。がん治療開発部では、抗がん剤を高分子ミセル化することにより腫瘍だけで効果を発揮するように改良したドラッグデリバリーシステム製剤に関する興味深いテーマを与えて頂き、1年間研究に専念することが出来た。
 全国から多数の優秀な医師が研修に来ており、私と同時期に呼吸器内科に研修に来られていた先生方には大分大学の伊東猛雄先生、熊本大学の山根由紀先生、島根大学呼の松本慎吾先生、帝京大学の太田修二先生、日本医科大学の河合治先生、虎の門病院の内藤陽一先生、静岡がんセンターの釼持広知先生などがおられ、がんセンターや拠点病院で助教やスタッフとして御活躍されている。在職中は非常に多くの事を教わり大変お世話になった。全国各地で御活躍されているこのような先生方とお知り合いになれたことも私の非常に大きな財産であり、その御活躍は同慶の至りである。
 がんセンターでの研修は、欧文での自著論文4本、共著論文3本、日本語の総説が5本と3年間の業績としては十分なものとなった。これからは国立がんセンターのレジデントの卒業生として、3年間で学んできた知識をベースにさらなる研鑽を積んでがん診療にあたっていくのみならず、後輩に伝えていく責務があると考える。抗がん剤の標準治療、毒性に対する対応、症状に対する緩和医療、精神面へのサポートにとどまらず、質の高い臨床研究、そのための統計の知識、読影技術、基礎研究なども伝えていき、日本のどこでも適切ながん診療が受けられるようになり、研究により治療が進みがん患者の苦痛が軽減されていくことを切に願っている。神戸大学発のevidenceの創生に向かって呼吸器内科の門を叩いて一緒に仕事が出来る若い医師が増えてきてくれるのを併せて期待したい。

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