研究総論

 疾病はヒトの個体、臓器、組織、細胞に様々な分子異常を基盤とした一定の形態学的変化をもたらす。我々病理学者は肉眼的あるいは顕微鏡下での【かたちの変化】を正確に捉えることにより、実地臨床においては疾病の最終診断を行っている。それと同時に、それ以上に重要な病理学者の使命は形態学のみならず細胞生物学や分子生物学など様々な研究手法を導入して疾病により【かたちの変化】がもたらされるメカニズムを解明し、診断や治療に応用することである。当分野では、消化管癌(食道癌、胃癌、大腸癌)を主な対象に、癌細胞と間質細胞の相互作用が、癌の【かたちの変化】をいかに形成しているかを研究している。

最近の研究成果

消化管癌における癌間質相互作用の解析

 癌組織の形成、癌の進展における癌細胞と間質細胞の相互作用を解析し、以下の研究成果を得た。

  1. スキルス胃癌由来培養癌細胞はVCAM-1の発現誘導を介して胃壁由来の正所性線維芽細胞の増殖を特異的に促進するとともに、上皮間葉移行形質とマトリックスメタロプロテアーゼを発現亢進した。
  2. 胃癌細胞は共培養により間葉系幹細胞と接着し、癌幹細胞形質および上皮間葉移行形質を獲得し、この現象には間葉系幹細胞からのWnt5a、癌細胞からのTGF-β1の誘導が重要な役割を演じる可能性を指摘した。
  3. 大腸癌浸潤先進部での癌微小環境からのTGF-β1が大腸癌細胞の幹細胞性再獲得と上皮間葉移行形質、マトリックスメタロプロテアーゼ発現を亢進し、形態学的tumor buddingの背景となる可能性を示した。
  4. 食道癌における転写因子Snailを介した上皮間葉移行の存在を証明し、それが癌細胞の運動能や悪性形質の獲得に重要な役割を演ずることを明らかにした。

消化管癌の増殖、進展に係るタイト結合分子の解析

 上皮細胞間接着とともに極性の維持に重要な役割を果たすタイト結合分子クローディン他の食道癌、胃癌、大腸癌における発現、調節機構を解析し、臨床病理学的事項との対比から以下の研究成果を得た。

  1. 食道癌ではクローディン7の発現減弱が、浸潤・転移と有意に相関していた。
  2. 胃癌では、浸潤先進部で胃型クローディン(クローディン18)と腸型クローディン(クローディン3, 4)の発現がともに消失した症例は生物学的悪性度が高く、不良な予後を示すこと、早期胃癌における腸型クローディン発現は同時・異時多発と関連することを 明らかにした。さらに、胃癌におけるトリセルリンの発現異常を世界に先駆けて解析、報告した。
  3. 大腸癌では、クローディン4の浸潤先進部における 発現減弱が生物学的悪性度と相関し、発現陽性細胞株SW480からクローディン4をノックダウンすることで細胞運動能が抑制されること、クローディン7は約80%の大腸癌で発現レベルが低く、その背景にクローディン7遺伝子プロモーター領域のメチル化が関与し、脈管侵襲や臨床病期に相関することを明らかにした。

転移関連ホスファターゼPRL-3結合分子の探索

 従来の研究によりその過剰発現が、胃癌ではリンパ節転移に、大腸癌で は肝転移に深く関連することを証明した転移関連フォスファターゼPRL-3の細胞内標的タンパクのプロテオーム解析による探索から、ケラチン8とヌクレオリンを抽出した。PRL-3は脱リン酸化を介してケラチン8の重合を促進し、細胞運動亢進に深く関与することを試験管内で明らかにし、実際の大腸癌組織においても浸潤先進部においてリン酸化ケラチン8の発現は減少していることを示した。一方、ヌクレオリンはPRL-3と結合、脱リン酸化されることで核内に移行し、細胞増殖を促進するとともに、手術検体ではその核内局在がリンパ節転移と高い臨床病期に相関することを報告した。

消化器癌の遺伝子異常の解析と臨床応用に関する研究

  1. 内視鏡的切除された胃癌の独立した前向きおよび後向きコホートを用いた解析により、マイクロサテライト不安定性を示す胃癌を発生した胃には有意に同時あるいは異時多発胃癌が発生することを明らかにした。さらに、マイクロサテライト不安定性胃癌の不死化には、マイクロサテライト安定性胃癌にしばしばみられるテロメラーゼの再活性化よりも、むしろミスマッチ修復系不活化に起因する遺伝子再構成によるテロメア維持が関与していることを示した。
  2. PI3K-Akt系は胃癌において活性化しており、HIF1-αを介したVEGF発現調節により胃癌の生物学的悪性度を規定していることを明らかにした。さらに、PI3K-Akt系を負に制御する癌抑制遺伝子PTENの核内局在はCdx2の発現亢進とともに腸型クローディン(クローディン3および4)の発現を促し、胃癌の腸型形質発現に寄与することを示した。一方、大腸癌ではクロマチンリモデリング複合体を形成するBRG-1の過剰発現がPTENを負に制御する事により、PI3K-Akt系を介してサイクリンD1を誘導し、その進展に寄与することを示唆した。
  3. 第16番染色体長腕脆弱領域 FRA16D (16q23.2) より単離された新規癌抑制遺伝子WWOXの機能消失はSmad4の抑制を介して膵癌発生の初期段階に関与することを明らかにした。さらに、WWOX不活化 のメカニズムの一つとして、プロモーター領域のメチル化が膵導管内乳頭状腫瘍や胃癌にしばしば認められることを報告した。
  4. その他、口腔扁平上皮癌においては電離放射線照射におけるChk2反応をFHITが修復すること、胃癌におけるWip1発現がChk2抑制と相関すること、EZH2陽性胃癌は高悪性度で不良の予後を示すことを、膵癌においては低酸素状態によりHIF-1α依存性にCD133陽性細胞の拡大により悪性形質を獲得することを報告した。

社会貢献

地域医療への貢献

 兵庫県内の常勤病理医不在総合病院や開業医に対する生検、外科検体の受託病理診断および受託病理解剖を行い、地域医療の質向上に貢献してきた。

受託病理組織診断

平成19年度平成20年度平成21年度平成22年度平成23年度
16,273件16,225件17,186件16,619件14,920件

受託病理解剖

平成19年度平成20年度平成21年度平成22年度平成23年度
6体5体7体5体6体

 その他、神戸市監察医、法医学分野と共同で、「医療関連死に関するモデル事業」での病理解剖診断・検討会に参加してきた(平成19-23年度)。

地域医療関係養成所、教育機関における病理学講義

  • 神戸市救急救命士養成所・兵庫県救急救命士養成所における病理学総論講義担当(平成19-23年度)
  • 神戸市医師会看護学校における病理学総論講義担当(平成19-23年度)

専門分野(病理学)関連学会、講習会の開催

  • 第41回日本病理学会近畿支部学術集会(平成20年5月31日) 内分泌腫瘍 神戸大学医学部大講義室 世話人
  • 日本病理学会近畿支部 夏期病理診断セミナー 細胞診 今からでも遅くない?
    Part 1 (平成20年8月9日、10日) 神戸大学医学部第2実習室 オーガナイザー
  • 日本病理学会近畿支部 夏期病理診断セミナー 細胞診 今からでも遅くない?
    Part 2 (平成21年8月22日、23日) 神戸大学医学部第2実習室 オーガナイザー
  • 第28回分子病理学研究会(平成21年7月18日、19日) スペースアルファ神戸 会長
  • 日本病理学会病理技術講習会 分子病理学の基礎技術-9 病理に役立つ細胞マーキング(平成21年11月17日) ホテルグランドヒル市ヶ谷 モデレーター
  • 日本病理学会カンファレンス2013六甲山 組織としてのがん-細胞相互作用からがんの発生、進展、転移を考える-(平成25年8月2日、3日) 六甲山ホテル 世話人

市民公開講座 講師

 神戸市健康づくりセンター健康ライフプラザ土曜健康科学セミナー講師担当(平成22年)

全国的ながん医療専門医認定機構、育成事業への貢献

  • 日本がん治療認定医機構 がん治療認定医教育セミナー講師(平成20年、21年)
  • 平成23年度厚生労働省委託事業「インターネットを活用した専門医の育成事業」「がん医療を専門とする医師の学習プログラムeラーニング」基礎腫瘍学コンテンツ作成および収録(http://www.cael.jp/lecture/C03.html

他大学非常勤講師

  • 広島大学医学部(平成20年度、22年度)
  • 鳥取大学医学部(平成19-23年度)
  • 愛媛大学医学部(平成21年度、23年度)

その他

 (独)日本学術振興会科学研究費委員会専門委員(平成23年度)

研究室概要

所在地

650-0017
兵庫県神戸市中央区楠町7-5-1
神戸大学大学院医学研究科
病理学講座病理学分野
(研究棟C 3階 西側)
TEL: (078) 382-5465
FAX: (078) 382-5479