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教室の歩み

兵庫県立神戸病院及び附属神戸医学校

1869-1944年

兵庫県立神戸病院及び附属神戸医学校
神戸大学医学部の前身である、明治2年開設の県立神戸病院および併設の神戸医学校における脳神経外科の診療、教育、研究の実体については、あまり定かな記録はない。明治8年甲種医学校に昇格した神戸医学校の当時の医学生であった池田宇之助の筆記ノートが、日本医学会会員唐沢信安氏により神戸大学医学部附属図書館に寄贈された。これによると脳神経外科関連では、硬膜外血腫における穿頭術、脳膿瘍の治療、陥没骨折、外傷性けいれんなどについて、精緻な図表とともに整然と記載されており、当時の医学生の勉学に対する情熱とその水準の高さを知ることができる。

神戸医学校は明治15年に廃校となり、県立神戸病院はその後も診療は続けられたが、その間の脳神経外科領域の診療内容についてもあまり定かな記録は残っていない。

兵庫県立神戸病院及び附属神戸医学校

兵庫県立医学専門学校、県立兵庫医科大学、県立神戸医科大学から国立移管へ

1944-1971年

太平洋戦争のさなか、昭和19年4月に県立神戸病院が母体となって兵庫県立医学専門学校が開設され、昭和21年4月に兵庫県立医科大学(旧制)に昇格した。さらに、学制改革にともない昭和27年4月に新制の兵庫県立神戸医科大学が発足した。兵庫医科大学に移行してから、初代第1外科に昭和22年8月藤田登教授が就任された。この当時の脳神経外科はまだ黎明期であり、川北博明講師等により頭部外傷など、簡単な開頭手術が行われていた。

藤田登教授退官に伴い、岩手医科大学より光野孝男教授が第一外科教授として昭和40年7月に就任された。光野教授は岩手医科大学時代より日本での高血圧性脳出血や松果体部腫瘍の手術におけるパイオニアとして高名であり、岩手医科大学より白方誠彌、野村史郎が加わり、高血圧性脳出血、脳動脈瘤、脳腫瘍、頭部外傷をはじめ種々の脳神経外科の手術が盛んに行われるようになった。さらに、第一外科教室から多数の医師が欧米の最先端の脳神経外科施設に留学し、脳循環研究、神経放射線診断学、脳神経外科手術、脊髄外科、定位脳手術等の分野での欧米の最新の成果をとりいれ、研究、診療面でのレベルが飛躍的に向上した。研究面においても、脳電気生理学や脳低体温療法をはじめ、種々の脳神経外科領域で様々な研究が行われた。

一方、眼科学講座においても初代井街譲教授を中心として視神経近傍病変を中心にして昭和30年代より開頭手術が盛んに行われるようになった。特に、視交叉くも膜炎、視交叉近傍腫瘍の当時の我が国における第一人者であり、井街教授在任中、1000例を越す開頭手術が行われた。

神戸大学医学部 脳神経外科学講座創設

初代 松本 悟 教授(1971-1991年)

神戸大学医学部第一外科学教室より独立した脳神経外科学教室として、1971年9月1日初代松本悟教授が就任して誕生した。これにともない、第一外科学講座から白方誠彌(講師、昭和42-46年)、藤田稠清(助手、昭和41-46年)、玉木紀彦(助手、昭和45-46年)、田中允、山下英行、藤田勝三、白瀧邦雄、藤原潔が脳神経外科講座のスタッフとして、また中井清彦、富田忠則、大洞慶郎が研修医として参加した。

脳血管障害などの救急医療に取り組むとともに、特に小児脳神経外科および水頭症において、日本における最先端の施設として実験的および臨床的研究が進められた。1973年には第一回国際小児脳神経外科学会、1990年には国際水頭症シンポジウムを主催した。国内の学会、研究会としては第2回日本小児脳神経外科研究会(1974)、第2回二分脊椎研究会(1986)、第2回MRI臨床研究会(1986)、第47回日本脳神経外科学会総会(1988)、第5回日本脊髄外科研究会(1990)の会長を務めた。厚生省神経疾患研究委託「難治性水頭症に関する研究」班、「発達期脳循環障害の成因と治療に関する研究」班の班長として、小児の神経疾患の研究のパイオニアとして日本の研究をリードした。

また、脳腫瘍も教室の重要なテーマとなり、悪性脳腫瘍に対する基礎的、臨床的治療の研究が進められた。病院内では初代救急部長として、本院の救急部設立に力を尽くした。

2代目 玉木紀彦 教授(1991年-2002年)

1991年9月1日、2代目に玉木紀彦教授が就任した。病床数は現在52床になり、教室員も36名に増えた。また、関連病院も学会認定訓練施設23施設と充実した。従来の研究分野に加え、頭蓋底外科、脊髄外科の研究、応用が進められ、1993-1999年には厚生省精神神経委託研究班において脊髄の難病である脊髄空洞症や二分脊椎症について厚生省精神・神経疾患研究委託「脊髄空洞症及び二分脊椎に伴う脊髄病態及び治療に関する研究班」班長として研究の中心的役割を担った。

1993年より第1解剖学教室の協力を得て、本邦で最初の解剖体を用いた頭蓋底・頚椎手術手技ワ-クショップを毎年開催している。頭蓋底部腫瘍、脳動静脈奇形、巨大脳動脈瘤などの治療の難度の高い手術、内視鏡・超音波・神経生理等のモニタリング、定位的放射線手術、血管内手術など、脳に対してより低侵襲でより効果的な治療を行うための研究を積極的に行った。病院内では中央材料部長を兼務した。

3代目 甲村英二 教授(2002年-現在)

2002年1月1日、3代目に甲村英二教授が就任した。2月には新しい病棟に移転し、病床数は50床でスタートした。

2004年の初期臨床研修制度導入により、その後の二年間、脳外科医(後期研修医)としての新規採用は途絶えた。全国レベルでも、この時期の数年間は新しく脳外科を目指し医学部附属病院へ採用される医師が極端に減った。その間、関連訓練施設の一部を閉鎖し集約化を行って地域拠点病院の充実化をはかり、2006年より毎年3名程度の新人を後期研修として受け入れ、医局員は着実に増加している。2002年当時には大学附属病院における脳神経外科手術件数は年間150件程度であったが、手術件数は飛躍的に増加しここ数年は400件程度となっている。

手術数の増加にもかかわらず効率的な診療により、2018年現在、病床数は33、大学教室員は教員10名、医員3名、大学院生14名で診療・教育・研究を行っている。術中3テスラMRI装置、4K神経内視鏡、3D神経内視鏡、光線力学治療(PDT)装置、ナビゲーションシステムなど最新の治療設備を導入し最先端の診療を行っている。2018年よりの日本専門医機構専門医制度では、神戸大学脳神経外科を基幹施設として、連携施設15ヵ所、関連施設6カ所で構成され、基幹施設と連携施設での指導医数58名、手術総数は3846件からなる専門医研修プログラムを有している。教室出身者は200名を越えるに至り、国内外の病院・医院・研究機関を含め90ヵ所以上の施設で従事するまでに発展した。