神戸大学 神戸大学大学院医学研究科 糖尿病・代謝・内分泌学分野
留学体験記

海外留学を経て日本で活躍されている先生、現在まさに海外で研究を続けておられる先生などの貴重なお話を掲載します。
是非、お役立てください。

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ロサンゼルスのDr.Melmedの下で研究生活を送られていた福岡先生からのお便りです。

福岡秀規 Hidenori Fukuoka
Cedars-Sinai Medical Center, UCLA


米国への留学、それは高校時代からずっと思い続けたひとつの夢でした。それが現実のものとなり2008年4月より私は今、米国ロサンゼルスCedars-Sinai Medical Center, UCLAのDr. Shlomo Melmedラボでポスドク生活をスタートさせました。

なぜ留学がしたかったのか

「日本という枠を離れ視野とネットワークを広げたかった。」
「自分の選んだ分野の世界的な第一人者を見てみたかった。」
いろんな思いがありますが大枠でまとめると以上の2点に私の思いは集約されるかもしれません。

高校時代、いや正確には大学浪人時代に倫理政経を某予備校で学んだときに思想の年表を作って見なさいといわれたことがありました。そのときに現在日本で我々が学んでいる科学の基礎が無知の知で知られるソクラテス、イデア論で知られるアリストテレスなどの古代ギリシャ哲学、帰納法のベーコンや“我思うゆえに我あり”のデカルトなど西洋の思想が大きな影響を与えているということを実感し、西洋への憧れが知らぬ間に生まれていたのです。

次に大きなきっかけとなったのは医学部5年生のとき、臨床実習でお会いした先生方に留学のすばらしさを実体験として事細かに教えていただいたことでした。留学をしたいという思いから大学6年生には1ヶ月間の米国体験留学に参加し、アメリカの医療、医学部教育を医学生として目の当たりにすることができ、いつか再び留学をするということを決心しました。

本格的に留学に向けて動き出したのは大学院4年生の頃、千原和夫先生、高橋裕先生から日本内分泌学会でアメリカ内分泌学会international scholars programがあることを教えていただき応募した事からでした。
このプログラムにより留学を希望するラボを10箇所あげ、全米内分泌学会の推薦でラボにApplyすることができるという私にとっては夢のような話でした。この時の希望ラボを探すという作業は自分がいったい何をしたい人間なのかということを改めて考える非常に貴重な時間となりました。

私は脳の研究がしたいとずっと思ってきました。そこで学生時代に出会ったのが脳下垂体とホルモンでした。ゆえに、千原教授の教室のドアをたたいたわけですが、ホルモンのより中枢は視床下部であり、自分の進む道は視床下部研究にあるのではないかとずっと模索しておりました。そこでこのprogramをとおして視床下部のラボ、下垂体のラボにApplyすることに決め、5人の先生方と面接することができました。この5人の先生方とお会いできたことは私の人生にとって貴重な財産となっており、どこのラボに行くかと決めることはまさに人生の選択の瞬間でした。

私がDr. Melmedラボに留学することを決めた一番大きな理由は、最も患者さんに近い研究(Translational Research)をされているということ。まさにそのTranslational Researchの重要性をご指導いただいた千原先生の教室で内分泌医として最も身近に診療していた下垂体疾患の患者さんの治療に役立てる研究であるということでした。

留学生活のスタート

2007年6月の全米内分泌学会でDr. Melmedとお会いし、「来年の4月から来い」と言っていただき、この瞬間から留学への具体的な準備が始まりました。といっても一年弱の期間があり何をしていいかも分からず目の前の仕事をまとめることに追われる毎日でした。VISAなどのすべてのやり取りはラボの秘書さんを通して進みました。

そんな中、たまたま昔同じラボに留学されておられた日本人の先生を紹介してもらうことができ、その先生からラボのマネージャーを紹介して頂くことができました。その先生より同じCedars-Sinai Medical Centerに現在留学されておられる日本人の先生や、さらにロスにある日米ドクターズクラブという組織を教えて頂き、多くの方々に住居や車、家具一式、そして生活環境にいたるまでのサポートをしていただきました。お陰でマイナートラブルは尽きないものの振り返ってみれば、本当に順調にセットアップをすることができました。いかに人と人のつながりが重要であるかということを痛感した瞬間でした。

この間、次から次に現れてくる引っ越しに関する手続き、事務処理を陰でこなし支えてくれたのが家内でした。また、大好きな保育園を辞めなければならないという状況を、涙を流しながらも理解してくれた長女や、いつも笑顔で、ようやく「とーさん」と言えるようになった次女にも支えられました。家の引渡し当日に、ダンボールを食卓の代わりにして、家族で食べた朝食は忘れられない思い出のひとつです。私の留学のスタートは、まさに皆に助けて頂くことからのスタートでした。

Shlomo Melmed Lab

ラボには私を含めて現在ポスドクが8人います。国籍もさまざまで、中国、ロシア、イスラエル、ハンガリー、アメリカそして日本などです。ここCedars-Sinai Medical Centerはユダヤ人の病院ですので、ボスのDr. Melmedもそうですが、ユダヤ人がとても多いのが特徴です。

8人のうち4人がM.D.、4人がPh.Dです。また、テクニシャンがラボに5人、さらに共焦点顕微鏡の専属テクニシャンもほぼメンバー状態で1人おられます。とにかく徹底的に下垂体を総勢で研究しているというラボです。

研究テーマは常に直接Dr. Melmedとのディスカッションで決まりますが、基本的には研究内容が他のメンバーと競合するようなことがないよう、ボスが細心の注意を払われていることがとても伝わってきます。もし内容が重なるようであれば、必ず両者が一緒にボスとの面会に呼ばれ、仕事の分担をはっきりと指示されるからです。また、ラボマネージャーであるDr. Renが、常に全員の様子を毎日見ておられ、精神的なフォローはもちろん、メンバーの誕生日にはケーキを用意してささやかな休憩時間のパーティーを開いてくださったりされることもあって、ラボの雰囲気は本当にとてもいい感じです。

Melmedラボでは、この10年ほどPTTG (Pituitary tumor transforming gene)のプロジェクトが最も盛んで、多くのモデルマウスも作成されています。
Pttgコンディショナルトランスジェニックマウスなどの下垂体腫瘍モデルマウスやpttgノックアウトマウスによるpttgの機能解析などのプロジェクトが現在も盛んに行われています。そのほかにもsomatostatin receptor familyの機能解析プロジェクト、ゼブラフィッシュを使った下垂体腫瘍モデルの研究のプロジェクトなどもあります。

私が頂いたテーマはちょうど入れ替わりで帰国したドイツから来ていたギリシャ人のポスドクのプロジェクトを引き継いだ形ですが、下垂体腫瘍とgrowth factorシグナルについての研究です。この分野は現在腫瘍学でも非常に注目されており、特に治療法として多くの分子標的薬が実用化されているため、下垂体腫瘍患者さんにおける応用につながる可能性のある研究であると期待していると同時に、まさに私の最もしたいと考えていた研究テーマを頂いたと感じています。

しかし、実際の実験計画、そして実験自体はすべて自分でしなければなりません(それが最も楽しいことなのですが)。このすべての実験計画、そして系の立ち上げにおいて、いかに日本で基礎体力を育てていただいたかということ痛感する毎日でした。もし大学院での苦しい日々がなければこちらに来て(言葉の壁もプラスして)途方にくれていたと思います。

さて、Dr. Melmedラボの話に戻りますが、ここで最も重要だと私が医師として考えている利点の一つが、下垂体腫瘍の患者さんから摘出した手術後の検体を、患者さんや倫理委員会の承認の元に使わせていただき、細胞や動物で証明したことをヒトに応用して研究することができるということです。この恵まれた環境の中で、少しでも下垂体患者さんや関連疾患の患者さんに貢献できるような研究をしたいと日々悪戦苦闘しています。

南カリフォルニアライフ

留学後、初めてDr. Melmedにお会いしたときに「家族が幸せでなければお前はいい仕事ができない、まず、家族に最高の環境を整えるのがお前の第一の仕事だ!」といわれ深く感銘を受けたことを今でも覚えています。

ここロサンゼルスは非常に日本人も多く、日本人関係の情報誌だけでタウンページよりも分厚い本があるぐらいです。
アメリカに留学するに於いて、最も不安に感じていた食事も、日本のマーケットがいくつかあり、ほとんど困ることがないといっても過言ではありません。よく、両親をはじめ友人から何か日本から送ろうかと親切な声を頂くのですが、何を送ってもらおうかと困るぐらいこちらで手に入らないものがない状況です。問題はそれらを買うお金があるかということぐらいです。

居住環境もとても安全でロスといえば治安が悪い印象ですが、我々の住んでいるCulver Cityは、ロスから車で20分くらいに位置し、とても治安のいいところです。 市内にはSony picturesがあり、それが経済効果を生んでいるという話も聞きます。

学校も米国Blue Ribbon賞を受賞している優秀な公立学校で、日本語とのバイリンガル教育を行っているところに娘を入学させることができました。日系人の先生や日本語を話す友達もたくさんいるようで、ようやく5歳の長女もこちらの生活が楽しくなってきたようです。1歳の娘も何の違和感もなく”Come on!” “Thank you much”などの言葉を口にするようになり、のびのびとこちらの環境に漬かっていっているようです。

家内は、現在私と同じ病院で働くための申請を行っていますが、手続きに時間がかかっており、その間娘の小学校のボランティアや、市の英会話教室、フラワーアレンジメント教室などに積極的に参加し、家に閉じこもらず時間をフルに活かしているようです。

仕事から帰り、家族の笑顔を見るのが何よりの心の支えとなっています。休日には、家族で美術館やビーチなどに出かけるか、BBQパーティーを企画するかなどがもっぱらの過ごし方となっています。
私はまだ行けておりませんが、その他ロスにはディズニーランド、ユニバーサルスタジオなどエンターテイメントやスポーツ観戦施設なども充実していますし、少し足を伸ばせばラスベガス、グランドキャニオン、ヨセミテなどの国立公園、サンディエゴ、サンフランシスコとさまざまなニーズを満たすことができる場所が近くにあるのが魅力のひとつです。


このようなすばらしい環境で、自分の最もしたい研究をさせて頂いている事に感謝するとともに、日本での医師不足の状況の中、留学させていただいていることも深く肝に銘じ、患者さんに貢献できるような形を残せるよう、最大限に努力したいと考えています。

最後になりましたが、このすばらしい体験を全面的にご支援くださった、千原和夫先生、高橋裕先生、飯田啓二先生、井口元三先生そして内分泌グループの皆様に、深くお礼申し上げるとともに、この俳文が少しでも今後留学をお考えの方々の参考になれば幸いです。



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from Seattle