1. 1. PIP3ホスファターゼは時空間的に異なる活性制御を受けており、SKIPとPTENは細胞内の異なるPIP3を脱リン酸化する。

    骨格筋細胞において、SKIPはインスリン刺激依存的に産生されたPIP3、特に膜ラッフリング部位に局在するPIP3を切断する。一方、PTENは恒常的なPIP3量をコントロールしており、細胞膜のPIP3を一様に切断する(図4、図5)。これはPIP3ホスファターゼが非相補的に細胞内で時空間的に異なるPIP3を脱リン酸化することを初めて証明した論文である。(Ijuin T. and Takenawa T., J. Biol. Chem. 2012 Vol. 287, No.10: 6991-6999)


       図4    図5


  2. 2. SKIPはインスリンシグナルを特異的に抑制し、PDGFシグナルには影響を及ぼさない。

    SKIPはマウス骨格筋細胞ではインスリン刺激依存的なAkt2のリン酸化のみを特異的に抑制し、Akt1のリン酸化には全く影響を与えない。また、PDGFシグナルへの影響も全く認められなかった。この結果、インスリン刺激依存的なグルコース取込みにはAkt2の活性化が必要十分であるため、SKIPは骨格筋における糖代謝を特異的にコントロールするPIP3ホスファターゼであることが示された。(Ijuin T. and Takenawa T., Mol. Cell. Biol. 2012)


  3. 3. SKIPはPak1を介してAkt2やインスリン受容体と複合体を形成する。この複合体形成がインスリンシグナルの効率的な抑制を誘導する。

    SKIPは刺激を受けない状態では小胞体に局在するが、インスリン刺激依存的に細胞膜、特に膜ラッフリングに移行する。SKIPは膜ラッフリング部分で活性化体のPak1と結合して、Akt2、PDK1やインスリン受容体と複合体を形成する。SKIPはAkt2、PDK1と結合するPIP3を脱リン酸化することによってAkt2を不活性化し、インスリンシグナルを負に調節することを明らかにした(図6)。(Ijuin T. and Takenawa T., Mol. Cell. Biol. 2012)


           図6

  4. 4. SKIPヘテロノックアウトマウスではインスリン感受性の亢進が認められる。

    1-3の結果からSKIPの発現を抑制するとインスリンシグナルは亢進すると予想される。SKIPノックアウトマウスは耐性致死であったが、SKIPへテロノックアウトマウスでは全身での糖代謝の亢進が認められ、これは骨格筋でのインスリン依存的な糖代謝の上昇によるものであった(表1)。しかし、通常の血糖値や体重は野生型と差が認められなかったことから、上記の結果の通りSKIPは生体内でもインスリンシグナルを特異的に制御していることが証明された。(Ijuin T. et al. Mol. Cell. Biol. 2008)


  5. 5. SKIPへテロノックアウトマウスは高脂肪食による高血糖誘導時のインスリン抵抗性惹起に対して抵抗性を示す。

    現代人は脂質を過剰に摂取しており人口の約3割が肥満や高血糖の症状を示すが、高血糖は動脈硬化など現代病の主たる要因である。高血糖症を改善する一番の方法は、全身の糖代謝の75%を占める骨格筋での糖代謝の改善である。SKIPへテロノックアウトマウスでは高脂肪食を5ヶ月間与えた場合でも、野生型と比較して有意に血糖値が低下していた(表1、図7)。これは、SKIPの抑制が高血糖症の改善につながる可能性を示唆している。(Ijuin T. et al. Mol. Cell. Biol. 2008)

      表1    図7

  6. 6. SKIPは骨格筋分化と骨格筋肥大を負にコントロールする

    骨格筋の萎縮は、ミオパシーやがん悪液質において顕著であり、運動能力の著しい低下を引き起こす。従って、骨格筋形成と筋肥大を引き起こすメカニズムを解明することはこれらの重篤な病気の治療につながる。これらはいずれもインスリン様増殖因子(IGF)によって促進されるが、IGFシグナルはインスリンシグナルとほぼ共通の経路を使用している。SKIPヘテロノックアウトマウスではヒラメ筋の肥大が認められたことから(Ijuin et al. Mol. Cell. Biol. 2008)、SKIPは骨格筋肥大を抑制すると考えられる。SKIPの骨格筋形成に及ぼす影響を検討したところ、SKIPはMyoD依存的に発現上昇し骨格筋分化を負に制御することを明らかにした。これはIGF2-Akt-mTORシグナルを負に制御することによって、自己の分化に必要なIGF2産生を抑制しているためであった(図8)。また、SKIPを発現抑制したところ、骨格筋分化の促進と同時に、骨格筋細胞の肥大が認められた。これはSKIPが筋萎縮をともなう疾患治療においても、治療のターゲットとなる可能性を示唆している(Ijuin T. and Takenawa T., J. Biol. Chem. 2012 Vol. 287, No. 37: 31330-31341)。

                図8

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