虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞)の治療を受けられる方へ

■ 目次
はじめに / 心臓、冠動脈の構造 / 狭心症、急性心筋梗塞 / 診断から治療の実際 / 冠動脈バイパス術 / グラフトの種類と遠隔成績 / 人工心肺の長所と短所 / OPCAB(人工心肺を使用しない冠動脈バイパス術) / 手術における合併症 / 一般的な術前・術後の経過 / 退院後の注意点



■ はじめに
食生活の欧米化に伴い日本人の糖尿病罹患率は急上昇し、動脈硬化症を有する人口の割合も増大しました。このことは動脈硬化症が原因の脳、心大血管病変の罹患率も上昇させています。特に心臓に血液を供給する血管(冠動脈)が動脈硬化症により狭くなると心筋(心臓の筋肉)への血流が低下し酸素不足になります。その結果、虚血性心疾患と呼ばれる狭心症や心筋梗塞を引き起こし、命に関わる非常に危険な状態をもたらすことがあります。
以下、虚血性心疾患と総称される、狭心症、心筋梗塞について説明します。

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■ 心臓、冠動脈の構造



心臓を介する血液の流れは右図のように上下半身より酸素の少ない静脈血が右心房に戻り、右心室から肺動脈を開し肺へと流れ込みます。肺で酸素を受け取り赤い血液となり左心房に戻り左心室から大動脈へと送り出され全身へ流れてゆきます。このように左心室は全身に血液を送り出す重要なポンプであり、その働きを支える酸素やエネルギー源は冠動脈と呼ばれる血管を介し心筋に供給されます。
冠動脈は心臓につながり全身に血液を送る通路である大動脈より、下図のように左冠動脈、右冠動脈Bの2本の動脈が起始します。左冠動脈は前下行枝@、回旋枝Aの二本に分かれます。





実際の心臓での様子を以下の写真で示します。
左冠動脈前下行枝@は右心室と左心室を隔てる心室中隔という部分の上を走り、心室中隔と左心室の前壁に血液を供給します。また左冠動脈回旋枝Aは後ろへ進み左心室の側壁に血液を供給します。右冠動脈Bも心臓の後ろに進み主に心臓の下壁に血液を供給します。このように各冠動脈はそれぞれ血液の供給領域が決まっており、1本の冠動脈が狭くなっている場合1枝病変、2本の冠動脈が狭くなっている場合2枝病変、3本の冠動脈が狭くなっている場合3枝病変と表現します。@とAに分岐する直前は左冠動脈主幹部(黄色文字)は特に重要な場所で、ここが狭くなると@とAの両方が血液不足になり、大変危険です。



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■ 狭心症、急性心筋梗塞


正常の冠動脈の構造は右図のように内膜、中膜、外膜という3層から構成され、その内腔には内皮細胞という細胞が敷石上に敷き詰められており全く血の塊(血栓)が付着することはありません。

冠動脈が狭くなる原因のほとんどは動脈硬化によるものです。年をとれば、誰でも全身の動脈硬化が起きます。若い人の動脈の内腔は表面がつるつるで、血栓などが付着せず、内腔を保っています。しかしながら動脈硬化が進行すると、血管の内腔はざらざらになり、下図のように部分的に内腔が盛り上がってきます。この盛り上がりをプラークと呼び、血液が流れることができる腔は圧迫され狭くなります。この狭くなった状態を狭窄とよび、血管径の75%以上狭窄したものに対しては何らかの治療が必要になります。


将来、虚血性心疾患になりやすい危険因子は以下の項目があげられます。
・高血圧(収縮期140以上または拡張期90以上)
・糖尿病
・高脂血症
・喫煙
・肥満
・冠動脈疾患の家族歴

実際に狭くなった冠動脈の断面を示します。狭窄部分より向こう側は血流不足となり、心筋が収縮するための酸素やエネルギーが不足することになります。このような状態を「虚血」と呼びます。心筋が虚血になると心臓は酸素不足のためポンプとしての働きが悪くなります。虚血を脳に伝える神経が心臓の周囲に多数網目状に存在し、その時の症状としては胸の痛み、圧迫感である「狭心痛」を感じます。この状態を「狭心症」と言います。虚血の程度が軽いうちは、入浴や運動など心臓に酸素がたくさん必要なときにのみ虚血、胸痛を生じる「労作性狭心症」の状態ですが、これが進行するとその回数が増し、安静にしていても症状がでるより重症な「不安定狭心症」の状態になります。このような状態になると、あとで述べる治療が必要になってきます。ただしこの状態ではまだ治療により虚血に陥った心筋を助けることは可能で、胸痛の持続時間は短くせいぜい20分もすれば消失します。しかしながら、狭窄した部分のプラークが破裂したり、血栓で血管が詰まったりすると血流は全く途絶え、心筋は虚血から「壊死」の状態になります。これを「急性心筋梗塞」と呼び、胸痛はさらに長く続きます。壊死とは心筋が死んでしまう状態なので(右図)、約6時間以内に血流を再開しないとその心筋は蘇れなくなります。ただし糖尿病を有する患者さんの場合には狭心症を起こしていても胸痛がでないこともあり注意を要します。

広範囲の急性心筋梗塞を起こすと、心臓はポンプとしての役割を果たせなく重症の不整脈が出現し、時にはショック状態になり生命を脅かします。

これらの狭心症や心筋梗塞に対する治療法がカテーテル治療であり冠動脈バイパス術であります。

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■ 診断から治療の実際


胸痛がある場合、まず心電図で異常がないかを調べます。狭心症の場合、痛みが無い時には心電図異常を認めませんので、トレッドミル、階段昇降などの運動を負荷した状態で心電図をとり虚血による心電図変化を捜します。もし異常を認めればラディオアイソトープを使った「心筋核医学検査」という検査を行います。この検査は心筋虚血の存在と場所を直接画像で確認できる有用な検査です。これで確認できます。しかしながらどの冠動脈狭窄や閉塞があるのかを実際に画像として確認できません。今までの検査は体に傷を入れない「非侵襲的」検査でしたが、冠動脈病変を直接確認するためにはカテーテルを足の付け根や肘の動脈からカテーテルを入れる「冠動脈造影」を行わなくてはなりません。これは「侵襲的」検査法で通常入院が必要です。

右は実際の冠動脈造影で白丸の部分の冠動脈が造影されずに閉塞しています。

【治療法1:薬物治療、カテーテル治療】

病変の部位にもよりますが、胸痛と病変の程度が軽い場合には薬物治療が一般的に行われます。薬物としては、冠動脈を拡張させる亜硝酸薬(ニトログリセリン)、心臓の脈拍数、収縮力をおとし心筋が必要とする酸素量を減ずるベータ遮断薬、血を固まりにくくするアスピリン製剤などが使用されます。

【治療法2:カテーテル治療、冠動脈バイパス術】

主要な冠動脈に病変があり、狭窄の程度が75%以上である場合にはカテーテル治療もしくは、冠動脈バイパス術が必要になります。

カテーテル治療では、狭窄した血管に対し直接治療を行います。足の付け根もしくは肘の動脈からカテーテルを進め治療を行うので、体への負担は手術と比べると格段少ないのが特徴です。右図のように狭窄部位をまずバルーン(風船)で広げたのちに、金属の筒「ステント」を留置し内腔を確保し、また狭くなる「再狭窄」を防止します。通常この治療法が第一選択となりますが、問題点としては再狭窄が比較的早い時期に認めることで、再度同様の治療を要します。

ではどのような場合に手術による冠動脈バイパス術が必要なのでしょうか?一般的に以下の状況では手術が選択されます。

・左冠動脈主幹部病変に右冠動脈病変を伴った場合。一般的には左冠動脈主幹部病変に対するカテーテル治療は危険であり、さらに右冠動脈病変を伴った場合には手術が第一選択とされることが多い。
・3枝病変
・石灰化が強くカテーテル治療が困難な場合
・カテーテル治療で再狭窄を繰り返す場合

しかしながら、近年免疫抑制剤や抗癌剤が溶け出す仕組みをもつ新たなステント(薬剤溶出性ステント:DES)が開発され、治療後の狭窄が著明に軽減されている。日本でも本格的に使用されるようになり従来手術対象であった病変がカテーテル治療に移行してゆく可能性があります。


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■ 冠動脈バイパス術


冠動脈バイパス術では、先のカテーテル治療とは異なり、狭窄した部位は放置し、その先で狭窄のない冠動脈に別の血管をつなぎ、低下した血流を増加させる治療法です。右がその典型図です。右図では、左内胸動脈という血管が左前下行枝に吻合され@、大動脈から二本の血管が左冠動脈回旋枝Aと、右冠動脈Bに吻合されています。

冠動脈バイパス術は全身麻酔が必要で、傷は胸の真ん中に切開を加えその直下の胸骨という骨を切開し心臓を露出して行います。


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■ グラフトの種類と遠隔成績

冠動脈バイパス術の際に使用する血管を「グラフト」と呼びます。グラフトの種類には「動脈グラフト」と「静脈グラフト」の2種類が存在します。

・静脈グラフト:@足の表面にある大伏在静脈
・動脈グラフト:A胸骨の両側にある内胸動脈
         B腕の動脈の一部である橈骨動脈
         C胃の周囲の動脈である右胃大網動脈



グラフトの選択ですが、以前は静脈グラフトである大伏在静脈が使用されていました。左内胸動脈は普通に吻合されれば10年後でも90%でうまく流れていますが、静脈グラフトの場合には60%と差を認め、内胸動脈の使用は手術後の狭心症や心筋梗塞の発生率を低下させ、生存率を向上させます。そのため近年は左右の内胸動脈が使用されることが多くなりました。また動脈グラフトが優れていることから、橈骨動脈や右胃大網動脈も頻繁に使用されています。

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■ 人工心肺の長所と短所

冠動脈バイパス術を行う場合、従来より右図に示す人工心肺装置を使用し手術が行われてきました。この器械を使用することで、心臓を止めた状態で手術が可能になります。冠動脈は通常約1-3mmと細く、血管の吻合には髪の毛よりも細い糸を使用しますので心臓が停止しているほうが随分と手術は安定します。しかしながら、近年この人工心肺の副作用が指摘されるようになってきました。人工心肺を使用するためには、血管にカニューラ(血液を心臓から抜いたり、戻したりするための管)を挿入するために血管に穴をあけたり、血管を遮断するために血管を触る必要があります。これらの操作が必要な動脈は、少なからず動脈硬化を認め、時としてプラーク(粥腫)がはがれ飛んで行くことがあります。これを「塞栓」とよび臓器の主要血管を閉塞させ、虚血や梗塞を引き起こします。そのため一番重篤な脳梗塞を引き起こす可能性があります。十分注意すればその発生率は1%未満ですが皆無ではありません。また血液が人工心肺の回路や人工肺と接触することで体全体に炎症がおこりさまざまな臓器障害の原因となります。通常の臓器では問題ありませんが、肺、腎臓、肝臓の悪い人ではその障害が術後に明らかとなり、人工呼吸器を要する時間が長引いたり、ときに血液透析への移行を強いられる場合があります。


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■ OPCAB(人工心肺を使用しない冠動脈バイパス術)

そこで近年注目されてきたのがOPCABです。その方法は人工心肺を使用せず 心臓が拍動した状態で冠動脈バイパス術を行います。そのため技術的にはより高度なものが要求されます。しかしながら、先に述べた人工心肺の合併症が回避できるので有用な方法です。特に最近普及した理由としては、OPCABに必要な手術器具の改良があります。図Aは心臓を固定する器具で、図Bはその実際です。



当科においてもOPCABの比率は年々増加し2004年度は冠動脈バイパス術の約90%がこのようにおこなわれました。この手術の特徴は、脳梗塞、腎機能や肺機能障害などの臓器障害のある患者さんにより安全に手術が行え、術後の回復が早いことが挙げられます。普通に回復すれば、術後3〜4日目に歩行可能で退院は2週間以内に可能です。


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■ 手術における合併症

しかしながら、どんな手術にも危険を伴う可能性があり、手術前に理解していただく項目がいくつかあります。

・脳梗塞の合併
・心不全、心筋梗塞の合併
・出血
・感染症

以上は心臓の手術を受けていただく患者さんすべてに術前にお話させていただく内容です。冠動脈バイパス術を受けていただく方が不幸にも死亡される確率は2%前後とされていますが、術前の状態が安定し十分な検査が行われた場合には1%前後です。この危険性は、必要な検査、治療を受けられず、たとえば心筋梗塞を発症してから緊急手術をうけられると10倍程度に上昇します。そのため我々は最適な時期に手術を受けられることをお勧めします。


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■ 一般的な術前・術後の経過

手術前後の一般的な経過を示します。

手 術 前 : 通常心臓の検査を終了し診断が確定したのちに外科へ入院していただきます。追加の検査は手術を安全に行うための全身の精査が中心で血液型、呼吸機能検査、胸部のCT、頭頚部のCTやエコーなどを行います。

手 術 当 日: 術後は集中治療室で管理されます。直後は麻酔からまだ覚めていないので、呼吸のための管(気管チューブ)が口から気管へ挿入されています。そのため意識が回復してもしばらく会話はできません。通常麻酔は3〜4時間で覚め、循環動態や呼吸に問題がなければ気管チューブを抜き会話が可能になります。

術 後 1 日 目: 集中治療室にいます。翌日より水を飲むことができ、同時に必要な薬も内服していただきます。夕方から食事可能な場合もあります。しかしまだ点滴や尿の管(尿道カテーテル)、心臓の周囲に留置した管(ドレーン)は入っています。

術後2〜3日目: 外科一般病棟に移動します。この頃には尿道カテーテルは抜けます。ドレーンは排液量により抜けます。抗生物質投与のための点滴はまだ必要で、術後5日間ほど留置します。この時期は体を動かし、可能であれば2−3日目から歩行をしていただきます。この頃のがんばりがより早い回復を促します。

術後4〜7日目: 傷の痛みがありますが、身の回りのことがほぼ自分でできます。この時期に約20%の方に心房細動という不整脈が出現し動悸を感じることがありますが、通常薬の治療で回復します。回復しない場合には、軽い麻酔をかけ電気刺激で不整脈を除去します。

術後7〜14日目: 傷の抜糸もすみ、この頃に冠動脈につないだ血管が正常に流れているか確認するために血管造影を行います。これで問題がなければ晴れて退院です。

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■ 退院後の注意点

退院後の生活で適度の運動をしていただくのは全く問題はありませんが、胸骨の治癒に2〜3ヶ月かかるため重いものを持ち上げたり、激しい運動は控えてください。またつないだ血管の閉塞を予防したり、ご自身の冠動脈硬化症の進展を遅くするためには生活習慣病である高血圧、高脂血症、糖尿病に気をつけることが必要で、禁煙をお勧めします。血圧が気になる方はぜひ血圧の自己チエックをしていただくことが重要で、生活習慣病に対する治療の基本は食事療法と適度な運動です。

基本的に冠動脈バイパス術後に必要な薬は1)抗血小板剤(血液をさらさらにする):バイアスピリン、2)硝酸薬(冠動脈を拡げる):ニトログリセリンの2種類で高血圧、糖尿病、高脂血症を合併されて方はそれに対する内服薬が重要です。抗血小板剤は出血の可能性があるため、歯科治療などでは必ず医師に申し出るようにして下さい。

退院後は当院の外来に最初の半年は1ヶ月ごとに、その後は3ヶ月ごとに来院していただきます。来院時は胸のレントゲン写真、心電図、採血を行わせていただきます。その後特に異常を認めなければ、紹介していただいた循環器内科の先生にお願いし経過観察していただき、当院へは半年に1回ぐらいの割合で受診していただきます。術後経過に関しまして、お手紙や電話を差し上げることがございますがご協力よろしくお願い申しあげます。



(C)Department of Cardiovascular and Respiratory Surgery Kobe University Graduate School of Medicine