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神戸大学大学院医学研究科外科学講座 心臓血管外科学分野は心・大血管・末梢血管疾患を専門にしています。

TEL. 078-382-5942

〒650-0017 神戸市中央区楠町7-5-2

世界トップレベルの医療を提供します

教授あいさつ


      大北 裕 教授

 
 Surgery: Operating someone who else has nowhere to go とは 我が師、John W Kirklin の警句ですが、これほど外科医の矜持を表した文章はありません。

 患者さんは症状があればまず、内科医のところに行きます。そこでスクリーニングがかかり、臓器担当の内科専門医へ回されます。ガイドラインに照らしたうえで、最初に検討されるのが内科的治療で、次いで侵襲度の低さからカテーテル インターベンション、内視鏡などの低侵襲治療、最後に 外科治療が選択されます。
最初から外科手術を希望して病院にやってくる患者さんなどは皆無に近く、誰しも、出来ることならば“切らずに治したい”と思うのは当然です。その、嫌がる患者さんを、皮膚に傷つけて、手術するのが外科医です。それ故に、外科医は高い倫理観を持って手術に臨まなければならない、また、内科医から手術の依頼を受けた時には絶対逃げない、患者さんにとって外科医は最後の砦たる自負心を持って事に当たらねばならない、と師から教えられました。また、ひとたび手術するからには、何らかのメリットを患者さんにもたらすものでなくてはなりません。曰く、胸の痛みが無くなる、呼吸が楽になる、沢山歩けるようになる、将来、突然死の不安が無くなる、などです。“First do no harm” とは、古代の謙虚な類い希なる外科医が遺した言葉です。

 これらの外科の原則を実際の患者に当てはめるときに様々な齟齬が生じます。医学は知識と処置という分野に整然と整備されていると思われがちでありますが、実はそうではありません。医学は不完全な科学で、刻々変化する知識と不確かな情報に左右され、”To error is human”の例えどおり誤りから免れ得ない人々が行う手作業で、危険と隣り合わせ、地雷原を歩くようなものです。医療者が行う処置は科学に基づいていますが、習慣や直観、ときには単純な推測も介在しています。一方、患者さん個々の多様性はいよいよ拡散し、それらに対する医師の知識と技能の差は埋めがたく、その落差ゆえにあらゆることが複雑になります。特に外科手術においてこの傾向は顕著で、Medicine is science of uncertainty and art of probability”という Sir William Oslerの箴言をこれほど具現している分野は他にありあません。500年前にAmbroïse Parêがトリノ戦場で“Le le penfay、 Dieu le guarit(我処置し、神癒したまう)”と詠んだ生命に対する畏怖心、謙虚さを外科医は忘れてはなりません。

 本邦の外科学を取り巻く諸問題、すなわち長いトレーニング期間、厳しい労働環境、乏しいインセンティブ、マスコミや司法からの不見識な圧力などには、諸方面からの問題提起、解決法などが模索されていますが、大きな成果は挙っていません。このような医療事情が若い人々をして“外科学”の門を叩くことを逡巡させているのも無理ないと思えます。ゆとり教育を受け、ITを甘受した世代は、小綺麗に早く一人前と呼ばれ、拘束時間が短い、答えが明快な分野を選びがちですが、外科学はその対極にあるものといえます。日本外科学会への入会員数は毎年減少の一途を辿り、将来、日本でがんの手術が受けれなくなるという危惧も生まれています。患者さんにとって、最後の砦が崩れそうになっているのです。

 外科の醍醐味といいますと、ダイナミックな手術、困難な手術をやり遂げたときの達成感、昂揚感は何物にも代え難いものですし、瀕死の患者さんが外科手術により救命され、元気に退院されるときに、この職業を選択して良かった、としみじみ思います。研究室でも自分の立てた仮説が、実験動物により見事に立証され、真理の山を一歩登ったと思えるときは研究者冥利に尽きます。また、後輩達の心技の目覚ましい進歩を目にするにつけゾクゾクとする嬉びを感ずるのも格別です。

 “世に病の種は尽きまじい”患者さんがおられる限り、外科学は必要です。外科学の将来は、いよいよ低侵襲化の方向に向かうでしょうし、分子生物学的アプローチを生かした術式が必要となり、人工臓器、移植医療も大きく変貌、前進することと思います。ただ、自分の頭の命令を、自分の手が実現する技術的秘技に魅せられた者は外科学の呪縛から逃れることは出来ません。松尾芭蕉は“挫折したときには何でも良いから手を使え”と弟子に諭したと言います。

 外科学の毎日は刺激的で、興奮に満ちています。一人前の外科医になるのに安穏、平坦な道はありませんが、苟も国民血税の補助を受けて医師免許を手にしたからには、自分の受けた恩恵を社会に還元すべく一生懸命頑張って欲しいものです。良医は国を治すという意味で、我々に”国手“たる名称が与えられています。国家的に外科医が足りない状況や、若い力が必要とされている状況を看過するほど諸君は怯懦ではないと思います。今は亡き Micheal E DeBakey先生が、医学部学生に送った言葉、“As long as God has given you a good body and a good mind、 you should use it”の意味は重いものがあります。

 後輩諸君、君達、若い、探求心に燃えた、野心的な医学徒が活躍できる場を外科学は提供できます。何事も経験です。一度、外科学に浸ってみませんか?やり直しが効くのは若さの特権です。見る前に跳べ!です。