R e s e a r c h

概要

健康寿命の延長に寄与すべく、本邦での死因の大半を占めるがんや生活習慣病を対象に以下のような新しい臨床検査の開発や評価法の開拓に取り組んでおります。また新規バイオマーカーの探索のみならず、従来の検査法について臨床的意義をあらためて検証し、例えば他の方法と組み合わせることにより、さらにリスクを明確にする指標となりえないか、対医療経済効果をも含めて適切な使用法についても模索していきます。 


がん

がんは1981年以来、日本人の死亡原因の第1位となっており、国民の3人に1人はがんで尊い生命を失っています。がんは国民にとって重大な脅威であり、その克服に対する社会的ニーズは極めて高いです。

がんの治療が困難である原因は、がん細胞が保持している治療抵抗性、再発能、転移能という3つの特徴のためと考えられています。その中でもがんが転移能を獲得することは、がんを悪性化し治癒を妨げている主な原因であります。事実、がんの転移は、がんに伴う死亡の90%近くの原因であり、患者死亡時のがん細胞の大部分は、原発巣ではなく転移巣に見つかることが知られています。最近の研究では、がんはワールブルグ効果と呼ばれる特徴的な代謝を利用していることが分かってきており、がんの代謝研究は、新しいがんの治療や診断方法の開発につながると期待されています。

そこで、がんの転移が起こっている時の代謝プロファイルを調べることで、がんの転移の分子機序を明らかにすることを目指しています。がんの転移に特有の代謝経路が明らかにできれば、その所見に基づいて、蛍光・ポジトロン放出断層撮像(PET)などのがん転移のイメージングシステムに応用すること、転移性がんの治療のための標的分子が同定されることが期待できます。


動脈硬化

従来、食塩摂取量が多いことに加え食塩感受性が高いとされる日本人では高血圧症の罹患率が高く、脳卒中特に脳出血が問題でありましたが、食生活の欧米化に伴い冠動脈疾患が増加し、脳卒中の内訳も脳出血より脳梗塞の頻度が増加してきております。人は血管とともに老いるというウィリアム・オスラー博士の有名な言葉にあるようにいかに血管を若々しく保つかが健康寿命をのばす重要な戦略となります。

動脈硬化の病態形成に脂質代謝異常が関与することは異論のないところですが、特に低比重リポタンパク質コレステロール(LDL-C)を低下させるスタチンの登場は冠動脈疾患の予防に大きく寄与いたしました。しかしながらLDL-C降下療法による冠動脈疾患のリスク減少は約30%にとどまり、残余リスクをいかに減少させるか世界中で精力的に探索されています。その中で近年、脂質の量だけではなく質的コントロールが重要ではないかと注目されています。例えば同じLDLでもsmall dense LDLと呼ばれる小型かつ比重の高い分画は酸化されやすく、超悪玉コレステロールと呼ばれています。LDLとは逆に高比重リポタンパク質(HDL)は一般に善玉と考えられており、HDLの増加が新たなターゲットとして脚光を浴びていますが、HDLもLDL同様、質が重要ではないかと示唆されています。つまり炎症などの各種病態下ではHDLの抗動脈硬化作用が減弱してしまう(dysfunctional HDL)と考えられています。我々は最近、HDLの主要構成アポ蛋白であるapo A-Iを酸化しコレステロール引き抜き能を減弱させるミエロペルオキシダーゼ(MPO)、ならびにHDLの抗酸化作用に重要な役割を果たすパラオキソナーゼ1(PON1)について血清MPO/PON1比がHDLの機能を反映するのみならず、冠動脈疾患リスク予知マーカーとして有用であることを見出しました。HDLをターゲットにした治療戦略が注目されている中で、その質についての評価法の確立が寄与するところは大きく、我々は引き続きHDLの機能そのものを再現性をもって簡便に評価できる測定系の開発に取り組んでいます。また、例えば悪玉コレステロールについてその量だけではなく、悪玉コレステロールに対する生体側の反応性によりリスクが異なる可能性がないか、従来の視点とは違った新規検査法の開拓も行っています。


心臓病

心臓は大量のエネルギーを要求する臓器であり、心臓の収縮作用を維持するために大量のATPを常に産出する必要があります。正常な心臓における大部分(95%以上)のATPは、ミトコンドリアの酸化的リン酸化によって合成されており、残りの5%は解糖系によって合成されています。大量に合成されたATPは、心臓の収縮活動で消費され、およそ10秒間ですべてのATPが入れ替わっているとされています。したがって、心臓の活動はこのATPの産出能力に強く依存しており、ATP合成能力が破綻すると心臓の機能不全が引き起こされます。実際、心不全時には心筋の代謝が変化して脂肪酸の利用が低下している。そこで、私たちは心筋の代謝に着目して心不全の病態の解明を行っています。  私たちの研究の特徴は、代謝物の網羅的解析(メタボローム解析)による心筋の代謝の理解を試みていることです。循環器内科分野と本学医学研究科に設置されている「質量分析総合センター」と「立証検査医学分野」との共同研究体制を構築しています。メタボローム解析というデータ主導型研究を用いたアプローチは、病態を解明するための思いもよらない糸口を発見することができますので、心不全の病態の新しい分子メカニズムを解明できることが期待できます。さらに、心不全における代謝物データを解析することは、心不全を診断できるバイオマーカーとしての臨床現場への応用にもつながります。