研究内容

筋ジストロフィー

福山型筋ジストロフィーの病態解明と治療研究

福山型筋ジストロフィー(FCMD)は、重度の筋ジストロフィーに神経細胞移動障害を伴う常染色体劣性遺伝性神経筋疾患で、日本人に多く約90人に1人が保因者です。患児は生涯歩行不能で、同時に高度の知能・言語発達遅延を伴い、全面的な介護を必要とします。決定的な治療法はなく、不治の病と言われておりました。私たちは、ポジショナルクローニング法によりFCMD原因遺伝子を同定し、遺伝子産物をフクチンと名付けました。近年の研究から、フクチンはジストログリカンの糖鎖修飾に関与することが明らかになってきました。患者では、ジストログリカン糖鎖の異常が見られます。

ほとんどのFCMD患者では、フクチン遺伝子の3’非翻訳領域への「動く遺伝子」SVA型レトロトランスポゾンの挿入変異が見られます。SVAの挿入がどのようにして病気を引き起こすのか、これまで分かっておりませんでした。最近私たちは、このSVAによってフクチン遺伝子内に異常なスプライシングが生じ、結果として異常なフクチンができていることを明らかにしました。また、異常スプライシングを抑制するために、異常スプライシング部位を標的とするアンチセンス核酸を投与したところ、患者の細胞や疾患モデルマウスにおいて異常スプライシングが抑えられ、正常なフクチンが産生されて、ジストログリカン糖鎖の回復が見られました。この成果は、福山型筋ジストロフィーの根本的分子標的治療に道を拓くものとして、新聞やNHKニュースで報道されました。さらに、 SVAが引き起こすスプライシング変化は、SVA挿入変異をもつ家族性高コレステロール血症と脂質蓄積異常症の原因遺伝子や、チンパンジーにはSVA挿入がなくヒトには挿入が見られる、ある遺伝子においても見出しました。このように、スプライシング変化を引き起こす「エクソントラッピング」というSVAの働きは、ヒトの病気をつくり、またヒトへ進化させることなどに関わるでしょう。今後は、臨床試験をめざして更に研究を進めていく予定です。

参照

  • Taniguchi-Ikeda M, et al, Pathogenic exon-trapping by SVA retrotransposon and rescue in Fukuyama muscular dystrophy. Nature 478:127-131, 2011
  • Kanagawa M, et al, Residual laminin-binding activity and enhanced dystroglycan glycosylation in novel model mice to dystroglycanopathy. Hum Mol Genet 18:621-631, 2009
  • Chiyonobu T, et al, Effects of fukutin deficiency in the developing mouse brain. Neuromuscul Disord 15:416-426, 2005
  • Kurahashi H, et al, Basement membrane fragility underlies embryonic lethality in fukutin-null mice. Neurobiol Dis 19:208-217, 2005
  • Kobayashi K, et al, An ancient retrotransposal insertion causes Fukuyama-type congenital muscular dystrophy. Nature 394:388-392, 1998

筋ジストロフィー研究~原因遺伝子の同定、機能解析、病態解析、治療研究

私たちは、疾患遺伝子の同定、疾患遺伝子産物の機能解析、細胞・組織病態解析など、様々な研究階層を有機的に結ぶことで、疾患の全容を明らかにし、治療法を開発することを目標としています。例えば、私たちは、福山型筋ジストロフィーの原因遺伝子フクチンを同定しましたが、その後、フクチンがジストログリカンという糖タンパク質の糖鎖修飾に関与することが明らかになりました。更に、フクチン変異によってジストログリカンに糖鎖異常が生じると、ジストログリカンのラミニン結合活性が低下し、細胞膜と基底膜の相互作用が低下することもわかってきました。

糖鎖異常筋ジストロフィーの分子基盤

福山型筋ジストロフィーが、糖鎖修飾異常を発症要因とすることが明らかになって以来、筋眼脳病やWalker-Warburg症候群といった、同様の糖鎖異常を伴う疾患が続々と報告されました。現在、これらの疾患は、ジストログリカノパチーと総称されていますが、私たちは、この糖鎖異常筋ジストロフィーという疾患概念の確立に貢献してきました。

ジストログリカンは、細胞外では基底膜成分ラミニンと、細胞内ではジストロフィンと結合することで、基底膜と細胞骨格を結ぶ役割を果たしています。これまで、様々な研究から(私たちの研究成果も含め)、ジストログリカンの糖鎖異常によって、発生段階での基底膜構造の異常、中枢神経基底膜の破綻と神経細胞の移動障害、筋細胞膜の脆弱化、など疾患に直結するような異常が生じることが明らかになってきました。つまり、ジストログリカンの糖鎖は、実に多彩で重要な生理的役割を担っていると言えます。しかし、生物学的に重要であることは明白であるものの、糖鎖の実体構造や生合成機序について、ほとんど明らかにされていません。逆に言えば、糖鎖の実体を明らかにすることで、疾患機序のみならず、様々な生命現象を分子レベルで説明することが可能になるってくるわけです。

このように、疾患研究を中心とし、様々な角度から、様々な手法を用いてアプローチすることで、病態機序の解明や治療法の開発にくわえ、医学や基礎生命科学の分野にブレイクスルーをもたらすことを目標に研究を行っています。

今後は、

  1. 独自に開発したコンディショナルノックアウトマウスを用い、個々の組織や細胞におけるフクチンの生理機能(幹細胞、心筋細胞、神経細胞)、ジストログリカン糖鎖の役割や細胞病態機序(筋ジストロフィー、心肥大、中枢神経障害)の解明を目指します。
  2. 筋ジストロフィーモデルマウスを用い、遺伝子治療、糖鎖治療、細胞治療の可能性を探り、トランスレーショナル研究を展開します。
  3. ジストログリカノパチー原因遺伝子産物の機能解析、ジストログリカン上に新たに 見出されたO-マンノシルリン酸化修飾の分子機序と構造同定を通じ、疾患メカニズムを解明していきます。

参照

  • Hara Y, et al, Like-acetylglucosaminyltransferase (LARGE)-dependent modification of dystroglycan at Thr-317/319 is required for laminin binding and arenavirus infection. Proc Natl Acad Sci USA. 108:17426-17431, 2011
  • Kanagawa M, et al, Post-translational maturation of dystroglycan is necessary for pikachurin binding and ribbon synaptic localization. J Biol Chem 285:31208-31216, 2010.
  • Han R, et al, Basal lamina strengthens cell membrane integrity via the laminin G domain binding motif of alpha-dystroglycan. Proc Natl Acad Sci USA 106:12573-02579, 2009
  • Sato S, et al, Pikachurin, a dystroglycan ligand, is essential for photoreceptor ribbon synapse formation. Nature Neurosci 11:923-931, 2008
  • Xiong H, et al, Molecular interaction between fukutin and POMGnT1 in the glycosylation pathway of α-dystroglycan. Biochem Biophys Res Commun 350:935-941, 2006
  • Kanagawa M, et al, Molecular recognition by LARGE is essential for expression of functional dystroglycan. Cell 117:953-964, 2004