■ 腹腔鏡手術の麻酔 ■ホーム  マニュアル目次
麻酔のポイント 麻酔法 術中合併症
胸腔鏡の麻酔 参考となる知識 考えてみましょう

◇ 麻酔のポイント
・気腹による副作用...高炭酸ガス血症、血圧の変動、低体温、 尿量低下などに対処する。
・気腹の合併症...炭酸ガス塞栓、気胸、皮下気腫、片肺挿管、 誤穿刺などの予防、早期発見に努める。

このために
・全身麻酔、調節呼吸とする。(自発呼吸ではCO2がたまる。 内科の腹腔鏡は気腹圧が低いため局所麻酔でやることもある)
・気管内挿管する。(気道内圧が高いためラリンジアルマスクなどではダメ)
・胃管を挿入して胃をからにしておく。(気腹針の穿刺の際の胃穿孔を防ぐ)
・十分な筋弛緩を保つ。(バッキングは操作上危険である)
・CO2の上昇に対して換気回数、換気量を上げ、normocapneaに保つ。 (気道内圧に注意)
・十分な輸液量を保つ。(乾燥ガスの還流による腹腔からの蒸発、 見えないところでの出血、術前の絶食による脱水などがある)
・カプノメーター、パルスオキシメーター、血圧、換気状態等によく 注意を払い、麻酔で説明のつかない異常があれば術者とよく相談する。


◇ 麻酔法
(1)モニター
一般的なもの(心電図、血圧計、パルスオキシメーター)に加えて、
☆カプノメーター(必須である)、☆気道内圧、換気量、換気回数、☆体温、☆尿量
さらに☆食道聴診器、☆前胸壁ドップラー、☆食道エコー (血管内に入った気泡を検出)

(2)前投薬
・硫酸アトロピン、ガスターなどに加えて、 胆摘や婦人科手術の患者は若くて全身状態のよい女性が多い☆セルシン6mg

(3)導入、維持
・通常通り

(4)鎮痛法
・腹腔鏡と開腹術では腹腔鏡のほうが痛くないと思われるが、 けっこう痛がる人もいる。
・硬膜外は合併症多いが、術中管理は楽になる... 硬膜外麻酔は気腹による循環変動を抑制し、 かつ高炭酸ガス血症を抑制する。開腹に移行したときも有効である。
・硬膜外を入れるかどうかは各人の好みによるが、筆者は途中から開腹になる 可能性が高いと思われるときは硬膜外を入れるようにしている。
・硬膜外を入れるなら術後1日間使用すればよいだろう。 また硬膜外を入れないならpentazocine15-30mg程度を静注。

(5)麻酔管理、術中問題点の対処
(a) 気腹針の挿入
・一番初めに行われる。胃を空にしておく。挿入時はhead downにすること もある。(胃や肝臓を上にあげ、誤穿刺を防ぐ)
・挿入時はいちばん筋弛緩をきかす (バッキングは内蔵穿刺につながる)

(b) 血圧の管理
・炭酸ガスによる、また腹膜緊張による交感神経刺激により末梢血管抵抗は 上昇し、血圧、心拍は上昇する。 (たいていの場合こうなる)
・腹腔内圧、胸腔内圧の上昇による静脈還流の低下により心拍出量は低下し、 これが優位に出ると血圧は下がり得る。
・高血圧に対し硬膜外、またはニトロやペルジピンを使用。吸入麻酔のみで は血圧を下げるために高濃度が必要となり、覚醒遅延、不整脈などの問題 が生じうる。

(c) PaCO2の上昇
・炭酸ガスは経腹膜的に血中に吸収され、その量は文献的には約40ml/minと いう。これを排泄するために分時換気量は20-30%増加させる必要がある。
・気腹中もPaCO2とETCO2は相関するのでカプノは必須である。
・硬膜外麻酔によりPaCO2の上昇は小さくなるようだ。
・手術中に過換気によりPaCO2をコントロールした場合は、気腹終了後約30 分で体内のCO2はほとんど排泄され問題ない。CO2のコントロールができな かった場合や皮下気腫を起こした場合などは、手術後に高炭酸ガス血症が 持続する可能性がある。

(d) 全肺コンプライアンスの低下
・気腹による横隔膜の頭側への移動、またhead downにより 全肺コンプライアンスは低下し、調節換気中は気道内圧は上昇する。 横隔膜の頭側への移動は無気肺、機能的残気量の低下の原因になる。
・気腹後も横隔膜の偏位、無気肺はすぐにもとに戻らず、術後低酸素症の 原因になりうる。
・気道内圧、循環抑制に注意しながら換気量、換気回数を増やす。

(e) 低体温
・乾燥ガスの還流、吸入麻酔薬の影響により体温は気腹中から気腹後に かけて低下する。
・ベアハッガー、暖かい輸液、室温をあげる、などで対処。

(f) 尿量低下
・腹腔内圧の上昇による心拍出量の低下、腎静脈の圧迫など、による。
・気腹終了したらhypovolemiaでなければ尿量が増え始める。
・腹腔内ガス潅流による不感蒸泄は結構多く、5-10ml/kg/hr程度の輸液は しておいたほうが無難。


◇ 術中合併症
 腹腔鏡手術の合併症は多くの報告があり、生命にかかわるものも多い。 麻酔医は常に五感を鋭くして合併症の早期発見につとめ、 対処しなければならない。 そのために起こりうる合併症と対処法はいつも頭に入れておくこと。
 (1)炭酸ガス塞栓、(2)低血圧、 (3)気胸、(4)不整脈、(5)嘔吐、(6)皮下気腫、(7)心嚢気腫、(8)縦隔気腫、(9)片肺挿管、(10)一酸化炭素中毒、などがあげられる。
 これらは高炭酸ガス血症や高血圧、低体温、尿量低下などと異なり 普通は起こってこない、起こるべきではないことである。 これらの合併症が発生すれば手術中止または開腹にすることを 考慮しなければならず、術者との相談が必要である。
 以下、対処法を示す。
(1)炭酸ガス塞栓
・炭酸ガスの直接的血管内注入、実質内注入が主な原因。
・ラパ胆では最初の気腹針挿入時、肝床剥離時があぶない。
・ガス気泡により肺動脈が閉塞し、心拍出量が減少し、頻脈、徐脈、不整脈、 血圧低下、チアノーゼなどをみる。
・ETCO2はまず少し上昇し、そのあと心拍出量の減少により大きく低下する。
・モニターとしては経食道エコー(気泡の検出)がベスト、 ついで前胸壁ドップラー(水泡音)、肺動脈圧(上昇)、カプノメーター。 しかしこの合併症はそう起こるものではないのでここまではやりにくい。
・普通にできるのはカプノメーター、そして食道聴診器による水泡音の監視。
・カプノと血圧に異常があれば塞栓を疑い、肺野を聴診し他の原因を除外し、 術者と相談する。
・塞栓のようなら気腹を中止し/ 笑気を切り100%酸素とし/昇圧薬で循環を保ち/体の右を高くし/CVPカテーテルで気泡を除去する/症例報告に備えてデータを残す。
・血中の炭酸ガス気泡では、CO2の拡散の方がN2Oの拡散よりも良いので、 N2Oによる気泡体積の増加は起こらないという。
・以上は大きなガス塞栓の場合であるが、 小さな炭酸ガス塞栓は高頻度に起こっている可能性があり、 低肺機能時には問題になる可能性がある。

(2)低血圧
・血圧が高くなりがちななかで、原因不明の低血圧は異常である。
・硬膜外麻酔、深すぎる麻酔などを除外。
・低血圧の原因としては炭酸ガス塞栓/ 見えない出血/高すぎる気腹圧、下大静脈の圧迫/心疾患の合併/迷走神経反射/不整脈、がある。
・「見えない出血」を見つけるために、 麻酔医もテレビを見ていることが望ましい。 特に「視野の外」に注意。

(3)気胸
・原因としては手術操作で横隔膜を損傷した(これが多い)、 ブラが破裂した、先天的に横隔膜に欠損部があった、の3つがある。
・気道内圧の増加で気付かれることが多い。
・緊張性気胸になることもある。SaO2の低下、血圧低下。
・聴診で確認、気腹の中止、胸腔穿刺、100%酸素。

(4)不整脈
・頻脈、VPCなどありうる。まずPaCO2を正常に保つこと。
・不整脈の少ない吸入麻酔薬を使う(isoflurane)。

(5)嘔吐
・気腹による腹腔内圧の上昇により胃内容が逆流。
・胃管で内容をすっておく、そしてカフをちゃんと膨らませる。

(6)皮下気腫
・切開部より炭酸ガスが漏れて皮下気腫となる。
・皮下気腫では炭酸ガスの血管への吸収は早くPaCO2の上昇が早く、大きい。
・より多くの分時換気量が必要となるが、 あまりにCO2上昇するようなら術者に相談し、開腹にしてもらう。
・CO2が皮下や後腹膜に入ったような場合はPaCO2の上昇は早く、 かつ排出も遷延し術後高CO2血症を来たすので注意する。

(9)片肺挿管
・気腹により気管分岐部が上昇し片肺挿管となる。

(10)一酸化炭素中毒
・電気メスでの組織凝固により腹腔内の一酸化炭素濃度が上昇するという。


◇ 胸腔鏡の麻酔
・ブラ切除や肺生検には胸腔鏡が用いられることがある。 麻酔はdouble lumen tubeを入れて行なう。
・肺手術に胸腔鏡がよいわけ
・気胸操作がいらない...肋骨が胸を支えているためガスで膨らまさなくても 視野がある。
・手術中の気密性を気にすることがない...ガスを使わないので胸にあけた トラカールの穴を鉗子などが通ればよい。
・肋骨を切る必要がない。


◇ 参考となる知識
・腹腔鏡が使われる手術...
胆摘、 虫垂炎、 胃切、 脾摘、腎摘、副腎摘、腸切、リンパ節廓清、停留睾丸、精索静脈瘤、子宮外妊娠摘出、婦人科手術、内科領域etc。
・腹腔鏡手術の利点...
手術侵襲、術後疼痛が少ない、術後イレウスを起こしにくい、入院日数が短い、 手術瘢痕が目立たない。
・腹腔鏡手術の欠点...
気腹による呼吸、循環に与える影響が大きい。 気腹に使うガスそのものも影響を持つ。
・腹腔鏡下胆摘の保険点数は15500点、
開腹胆摘は10000点であるが、 腹腔鏡の方が入院が短くてすむためトータルでは経済的という。
・腹腔鏡の適応外...
横隔膜ヘルニア、虚血性心疾患、心不全、重症弁疾患、重症呼吸器疾患、 重症凝固異常など。

◇ 考えてみましょう
・現在気腹にはほとんどの施設で炭酸ガスが使われています。なぜでしょう。
・空気ではだめですか。酸素では、笑気では、窒素ではどうでしょう。 指導医試験で聞かれました。
(香川)
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